金剛力士立像(1)
東博コレクション展を深掘りする連載企画
今号より4回にわたり、金剛力士立像の魅力を多角的に探ります

(左)吽形(うんぎょう)(右)阿形(あぎょう)

  • 金剛力士立像(こんごうりきしりゅうぞう) 平安時代・12世紀
  • 通年展示
  • 吽形(うんぎょう)
    「うん」と力を込めて口を閉じ、どっしりと武骨な構えが特徴的
  • 阿形(あぎょう)
    「あ」と口を開き、鋭い眼差し、しなやかで優雅な立ち姿がみごと

 金剛力士立像(仁王像)は、お寺を守るために、入口の門に安置される仏像で、「阿形」と「吽形」の二体で一対を成しています。人々を迎えるその頼もしい姿は、まさに守護神です。

 第1回目は当館の増田研究員が、作品のみどころや展示において工夫した点などを解説します。

平安から昭和までお寺と人々を守り続けた仏像

 当館の「金剛力士立像」は平安時代後期、12世紀の作です。元々は滋賀県栗東市(りっとうし)の蓮台寺(れんだいじ)というお寺(現在はもう残っていません)の門に安置されていましたが、1934年の室戸(むろと)台風で門とともに大破してしまいました。当時、地元の人々が像の復元を願い破片を拾い集めたそうです。日頃から人々に親しまれていたのでしょう。しかし、再興はすぐには叶いませんでした。

大破から長い時を経て復活!

 それから約30年たった1968年、彫刻修理を手掛ける公益財団法人美術院が研究資料としてこの破片を購入して仮組みをしました。しばらくは仮組みの状態で京都国立博物館に保管され、その後、約2年をかけて本格的な修理が行われます。すべての部材を取り外し、ひとつずつ確認しながら組み立て、表面の補修も行うことで、かつての力強い姿が蘇りました。そして2022年、平安時代の金剛力士立像はとても貴重であり、研究史上でも大変価値があるということで、当館にて収蔵することとなったのです。

多くの方にご覧いただくために展示室をリニューアル

 当館に収蔵後、初めてお披露目したのは、特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」(2022年10月18日(火)~12月18日(日))です。その後、より多くの方にご覧いただくために本館1室(旧11室)で展示を行うことになったのですが…“展示できる場所がない”。その一番の理由は大きさです。高さが約3メートル近い像なので、既存の展示ケース、展示台には収まらない。どこにどう展示するか、彫刻担当の研究員、展示環境を整備する部署、展示運営をする部署などとともに何度も話しあいを重ねました。最終的に、仁王像は入口で人々を迎え入れる存在であるとの考えから、入口の左右に展示することで意見が一致しました。そのために本館1室を全面リニューアルすることになりました。

金剛力士立像の魅力を際立たせる専用の展示台とこだわりの照明

 リニューアルでは、展示台も専用のものをつくりました。背中側や顔の表情などみえにくいところまで、さまざまな角度からご覧いただけるように、空間の取り方や高さなどを調整しました。照明も上からだけでなく横からも下からもあたるようにして、筋肉の凹凸など、この像の質感や立体感が際立つように工夫しました。展示台の表面は、像が室内でなく屋外に立っていることをイメージしていただけるよう、小松石(こまついし)という素材で仕上げています。

圧巻の存在感と対比と調和の造形美がみどころ

 こうして展示に工夫を凝らしたこともあり、当館の金剛力士立像は実物をご覧になってこそ、その魅力をご堪能いただけると思っています。何より体感いただきたいのはこの大きさです。そして私が特にすばらしいと思うのが、二体の造形のコントラストです。阿形は、左腕を振り上げて、腰を少し左に張り出し、各部のつながりが自然に表され、大変しなやかな体つきをしています。一方で吽形は、下半身に重心があり、胸も張り気味で肩をグッといからせて、武骨な力強さが表現されています。二体はこのように対照的でありながら、一対の像としての調和もとれているのがこの像の魅力的なところです。当館にいらした際には、ぜひお好きな方向からこの像をじっくりご覧になり、お気に入りのポイントやアングルなどをみつけていただけたら嬉しいです。

増田政史(ますだまさふみ)
(日本彫刻)
便利グッズが好きで、調査や展示に使えるものがないかよく探しています。
本館1室 彫刻増田研究員のおすすめ作品
菩薩半跏像(ぼさつはんかぞう)
  • 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山出土
  • 飛鳥時代・7世紀 北又留四郎氏他2名寄贈
  • 10月4日(日)まで
霊山でしられる和歌山県の那智山(なちさん)から出土した金銅仏です。片足を組んで頬杖をつくのは、瞑想したり人々を救うために考えている姿です。