今号のイチ推し!
後藤貞行作 明治26年(1893)
躍動の一瞬をとらえた、
馬の彫刻
- 本館特別1室
- 1月1日(木・祝)~1月25日(日)
地面をぐっと踏みしめる力強い脚、前方に向かってなびく鬣(たてがみ)や尻尾(しっぽ)の毛、鼻や口を開いた荒々しい表情。猛スピードで駆けてきた馬が急停止した一瞬の姿を木彫で表現した作品です。まるで生きているかのようなリアルな馬の姿には、本物の馬をよく観察したという作者の後藤貞行(ごとうさだゆき 1849~1903)の熱意が感じられます。
後藤は「馬の彫刻家」としてしられ、多くの馬の作品を残しています。もともと陸軍省の軍馬局などに勤務しながら石版画や写真などを学び、のちに彫刻家に転身した異色の経歴の持ち主です。彫刻をはじめる際に「専(もっぱ)ら馬の彫刻をする」と心に決め、馬へのこだわりを持って制作に取り組んでいました。木彫については日本近代彫刻の巨匠・高村光雲(たかむらこううん)に学びました。今も皇居前広場に立つ、馬に乗った楠木正成(くすのきまさしげ)銅像の制作では、高村から馬の木彫原型を任されるほど馬の彫刻を得意としていました。
本作は明治26年(1893)の東京彫工会第8回彫刻競技会へ出品されて賞を獲得し、当時の皇太子(後の大正天皇)が買い上げた後藤の代表作です。後藤の馬の作品は比較的動きが少ないものが大半を占めていますが、本作のような激しい動きのものは珍しく、これは同じく躍動感あふれる楠木正成銅像の馬の原型を手がけた経験によるものと思われます。
ところで、後藤が晩年を過ごした岩手県盛岡市で行った講演の記録があります。そのなかで、師の高村が1893年に開催されたシカゴ万国博覧会に出品するために制作した老猿(ろうえん 重要文化財、当館蔵)と同じ木から、本作を彫り出したと述べています(『岩手学事彙報(いわてがくじいほう)』第577号)。高村は老猿の材木を求めて栃木県鹿沼市で直径2メートルほどの巨大なトチの木を購入し、東京都台東区の自宅まで運びました。後藤がこのトチの木の調達に尽力したこともあって、材木の一部を譲りうけたのでしょう。
2026年は午年。本作は特集「博物館に初もうで 午―神と人をつなぐ祈りのかたち―」で展示されます。馬の彫刻に人生をささげた後藤の力作をぜひご覧ください。