踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「見返り美人図」修理報告2
当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせしています。
昨年度末で「埴輪 踊る人々」の修理が完了し、現在は「見返り美人図」の修理が進められています。
1089ブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト『見返り美人図』修理報告1」では、修理前の調査などについてお伝えしましたが、今回はその後進められた実際の修理の様子などをご紹介できればと思います。
まずは、第2回修理監督時の見返り美人図をご覧ください。
修理のために解体され、本紙のみとなっている見返り美人図
この写真に写っているのは、「本紙」と呼ばれる、絵が描かれている作品の本体部分です。
普段、展示室で見ているのは掛け軸の状態なので、こうして絵の部分だけになっていることに驚きます。
まるで掛け軸から、絵の部分だけを切り取ってしまったように見えますが、そうではありません。
一見平面的に見える掛軸ですが、本紙を支えたり保護したり装飾したりするために、紙や裂(きれ、絹の布地)を数層貼り合わせた構造になっています。
見返り美人図は、「絹本(けんぽん)」という書画を制作する際に使う絹の布地に描かれていますが、この絹本を裏紙などと貼り合わせているのは、可逆性のあるでんぷん糊(のり)。水分を与えれば外すことができるので、こうして本紙だけを分離することができるわけです。
…ん?でも、何かが違いますね。
なんだか全体的に色が薄い…?なぜでしょう?
答えは…よ~く見てください。
回転させると、わかりやすいかもしれません。
こちらが上下を通常の向きに合わせた画像。
描かれている女性が逆向きに見返っていますね。
そう。この時点では見返り美人図は裏返しの状態となっていたのでした。
「逆」見返り美人。修理がなければ見ることができない、貴重な姿です。
この状態になるまでに、見返り美人図には以下のような修理作業が行われました。
(1)絵具部分の剥落止め(1回目)、クリーニング
(2)掛軸装の解体
(3)絵具部分の剥落止め(2回目)、養生
(4)古い総裏紙(そううらがみ)の除去
(5)本紙の表打ち
(6)古い増裏紙(ましうらがみ)、古い肌裏紙(はだうらがみ)の除去
それぞれの工程について、簡単に見ていきたいと思います。
(1)絵具部分の剥落止め(1回目)、クリーニング
まず絵の具が剥落する危険がある箇所に、水に溶いた膠(にかわ)などで1回目の剥落止めを行います。
膠は日本画で絵具を定着させるために使われる接着剤。
剥落は経年劣化によって膠の接着力が低下してきていることも原因なので、膠を補うことでこれ以上傷みが進行することがないように処置するわけです。
また、クリーニング、と言っても、もちろん強い洗剤を使うわけにはいきません。
作品を傷つけないように、乾いた筆や刷毛などで表面の汚れを除去したのち、ポリエステルの化繊紙(化学繊維紙)の上から湿らせ、吸い取り紙に汚れを吸着させるという方法を使って、やさしく汚れが取られました。
クリーニングの様子。吸着した汚れがうすく見えています。
(2)掛軸装の解体
掛け軸についている、表装裂(ひょうそうきれ)や上下の棒(八双と軸棒)などを取り外します。
解体の様子
(3)絵具部分の剥落止め(2回目)、養生
本紙の作業に入る前に、再度、絵具部分に2回目の剥落止めと養生を行います。
養生に使われるのは化繊紙。これを「布海苔(ふのり)」と呼ばれる海藻から抽出したのりで接着します。
なぜに海藻? と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この布海苔、水分を加えると剥がれてくれるという性質があり、養生のように、後から剥がさなければならないものの接着に重宝されているのです。
ちなみに、接着以外にも汚れを洗浄する効果があり、(1)のクリーニングの際にも用いられているそうです。
(もうひとつちなみに、海藻の布海苔は食べられるそうです。)
養生の様子
(4)古い総裏紙(そううらがみ)の除去
冒頭でもご紹介した通り、通常掛け軸には、3~4層の異なる和紙が裏打ちされていますが、見返り美人図の場合は3層の裏打ちがありました。まずは3層の一番外にある裏打ち紙、総裏紙を外します。
本紙を裏返して、裏面から水を塗り、総裏紙を取り外します。
総裏紙除去の様子
(5)本紙の表打ち
再度表に返して、本紙の表面を保護するために一時的な化繊紙を貼ります。この作業を「表打ち」と言います。
表打ちは、直後の工程で行われる増裏紙、肌裏紙の除去を安全に行うためのもの。
肌裏紙まで除去すると、本紙は絹一枚の非常に不安定な状態になるため、あらかじめ表側から保護しておくというわけです。
また、表打ちをすることで本格修理時にしかできない裏側からの調査も安定した状態で行うことができます。
表打ちの様子。表打ちに使われているのもやはり布海苔。
(6)古い増裏紙(ましうらがみ)、古い肌裏紙(はだうらがみ)の除去
最後に、外から2番目の増裏紙、本紙に直接裏打ちされている肌裏紙を除去します。
見返り美人図の裏打ち紙は、経年によって硬くなっており、これが作品全体に折れが発生する原因にもなっていました。
また、ちょうど顔の部分に紙の継ぎ目があったり、のりの劣化によって裏打ち紙から本紙が浮いてしまっており、それらが絵の具部分剥落につながる可能性も指摘されていました。
剥がされた古い裏打ち紙は捨てられるわけではなく、作品が修理されて伝えられてきた歴史の記録として残します。
剥がされた裏打ち紙。灰色のほうが肌裏紙、白いほうが増裏紙です。
ここまでくれば、もう一息。
これから、新しい裏打ちをしてから本紙の折れへの対処を行い、今回の作業を逆回しするように、元の掛け軸へと仕立て直していくことになります。
最後に、もう一度見返り美人図を裏側から見てみましょう。
今回、裏側からの調査で確認されたのが、絹本の裏側からの彩色を施す「裏彩色」という技法。
従前から裏彩色があるのではないか、と言われていたそうですが、
裏側から改めて観察することで、顔や帯の部分に裏彩色があることが正式にわかりました。
文化財はこうした修理の機会がなければ、解体して調べるということはなかなかできません。
そういった意味でも皆様からいただいたご支援のありがたさを改めて感じています。
調査と並行しながらも、着実に進む見返り美人図の修理。
今後も皆様とともに完了までの進捗を見守って参りたいと思います。
次の報告もどうぞお楽しみに。
カテゴリ:保存と修理
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posted by 田村淳朗(総務部) at 2024年08月05日 (月)
踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告4
当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせしています。
前回のブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告 3」で、ご紹介した亀裂等の充填・強化を行う補修作業を終えた埴輪は、補修部分に色を施す「補彩」の工程に移っています。
作業を行う部屋では、補修の進んだ埴輪(背が高い方)が私たちを待っていました。
前回よりもさらに補修も進み、準備万端
「あれ? 鼻先にも補修? 鼻が高くなるの?」と思われた方、いらっしゃいますでしょうか?
【衝撃】踊る埴輪、付け鼻疑惑?
いえいえ、この鼻の部分も以前は石膏で形が補われていた部分。
今回の修理では一旦除去されたうえで、エポキシ樹脂(化学反応で固まるプラスチックの一種。詳しくは前回修理報告ブログをご参照)で再度補われています。
高くはなっていませんが、ちょっと美鼻になったかもしれません。
修理前の写真。よく見ると、鼻先部分の色や質感が違いますね。
「まだ付いていない右手の方が気になる…」という方もいらっしゃいますでしょうか?
右手は胴体と接する部分がもともと欠損しており、今回は取り外して修理が進められていました。
最終的にお腹に沿わせる形となるため、補彩作業後にあらためて接合されることになります。
さて、前置きはこのぐらいにして、実際の補彩作業をご覧いただきましょう。
「埴輪 踊る人」の補彩の様子
いかがでしょう?「やっぱり、はみ出ないんですね…」とは、撮影クルーが思わずこぼした一言。
はみ出ません。見事に補修箇所のみをとらえて色を補っていく筆づかいにはただただ脱帽です。
使っているのは、アクリル絵具と岩絵具。
アクリル絵具で下地を塗り、さらに岩絵具をアクリル絵具で溶いたもので仕上げていきます。
鉱物などを砕いてつくられる岩絵具は粒が粗いものもあり、アクリル絵具だけでは得られない質感が加わるそうです。
私の目には、みるみるうちに周囲との差が分からなくなっていくのですが、お話をお聞きすると、補彩の際には、鑑賞の妨げとならないよう全体のイメージに統一感を持たせつつも、じっくりと見れば補彩した場所が「わかるように」しているそうです。
???
…補彩した場所が「わからないように」ではなく、「わかるように」?
どうせ修理するなら…とつい思ってしまいますが、あえてそうしない理由があるそうです。
今回のような埴輪の場合は、どこまでがオリジナルで、どこが補修されていて、どこが後で補われたのか、ということも大切な情報。後世に手が加えられた場所が分かるように、あえて「わかるように」しているのです。
また、これには将来の再修理を考えて、という側面もあります。文化財は時を超えて受け継がれていくもの。この先の未来で再度修理が必要となった際に、どこが補修箇所であるか分かるようになっていれば、安全な修理の助けとなります。
ちなみに、修理技術者の方によると、「(補彩箇所を)わからなくするよりも、わかるようにする方が難しいです」とのこと。
絶妙なバランスでの仕上がりを、展示の際にはご注目ください。
***
今回はその他に、展示の際に使われる支持具のチェックも行われました。
従来、「埴輪 踊る人々」は、板に固定された棒状の支持具に「綿布団」と呼ばれる緩衝材を巻き、そこに円筒部分をかぶせる形で展示していました。
しかし、このやり方には経験に基づくコツが必要で、綿布団が薄すぎると安定せず、厚すぎると中からの圧力で埴輪に負担をかけることが危惧されていました。
そこで、今回は埴輪そのものの修理だけでなく、安全に取扱うことができるようにするための支持具の作成も並行して進められました。
完成した支持具がこの写真です。
ロケットのような形をした支持具
…あれ?…金物になっただけ?
さにあらずさにあらず。埴輪の側を下から覗いてみてください。
埴輪の円筒部分にも支持具が埋め込まれています。
こちらの支持具は、「埴輪 踊る人々」の円筒部分が、もともと欠損しており後から補われていることを利用し、当館研究員と修理工房が力を合わせて考案した、こだわりの特別仕様!
埴輪の円筒部分に埋め込まれた凹部に、展示台側に固定した凸部を差し込むことで、埴輪本体に負荷をかけることなく、容易に安全な展示をすることが可能となりました。
凹凸がスポっとはまります!
さらに、展示具を埋め込んだことで低重心となり、より安定性も増すというスグレモノであります!
修理前は取り扱いが難しく、人気者にも関わらず東京国立博物館外での展示が難しかった彼らですが、今後は館外での活躍が増えるかもしれませんね。
***
今回ご紹介した補彩作業が終了すれば、皆様のご支援のもとで実現した修理はひとまずこれで完了。
いよいよ2体の埴輪は東京国立博物館へと、戻ってまいります。
修理後の姿を早くお見せしたいところですが、修理を手術と考えれば、まだ当面は退院してきたばかりの患者さんのようなもの。
しばらくの間は、温度や湿度が管理された収蔵庫でゆっくりとお休みしてもらい、博物館の環境に十分慣れたところで、初展示を迎えることになります。
全4回にわたってお付き合いをいただいた、「埴輪 踊る人々」の修理レポートも今回で終了となりますが、皆様のご支援のもと大切な文化財を次の世代へと伝えるために丁寧に行われた修理現場の様子を、少しでもお伝えできていたなら幸いです。
なお、今回の修理プロジェクトのもう一つの対象、「見返り美人図」の修理はまだまだ始まったばかり。ぜひ、引き続き進捗を見守っていただけましたら幸いです。
最後になりましたが、このたびご支援・ご協力をいただきました皆様に、いま一度御礼を申し上げます。
修理後の展示時期等の詳細はまたあらためて、ご案内させていただきます。
修理を終え、よろこびの舞を踊る(?)埴輪のお披露目まで、どうぞ今しばらくお待ちください。
カテゴリ:保存と修理
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posted by 田村淳朗(総務部) at 2024年04月12日 (金)
踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「見返り美人図」修理報告 1
当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせして参ります。
第4回目の今回は、いよいよ修理が始まった「見返り美人図」についてです。
1089ブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告 1」の記事冒頭でもご紹介しましたが、文化財の修理は、解体などを伴う大がかりな処置を行う「本格修理」と、作品の状態に合わせて最小限の処置を行う「対症修理(応急修理)」に大きく分かれます。
今回「見返り美人図」に必要なのは、前者の「本格修理」。「埴輪 踊る人々」と同様、専門の修理工房で修理が行われています。
2023年11月、修理工房において初回の「修理監督」が行われました。
監督というと、少し堅いお役所的なイメージもありますが、「修理監督」は修理にかかわる関係者が集まり、修理対象の文化財について協議する打ち合わせ。
文化財の修理にあたっては、現在の文化財の損傷状態等を詳細に調べ、また実際に修理作業を行う中で新たにわかる事実を修理の方針に反映していかなければなりません。適時その方針を確認・共有していく場が修理監督なのです。
修理監督に参加するのは、実際に修理にあたる修理工房の技術者、博物館からは作品を担当する研究員、保存修復担当の研究員。
大変恐縮ながら、そこに全くの素人の私がお邪魔して取材をさせていただきました。
修理監督の様子
初回の修理監督でまず行われたのは、作品の修理前状況の把握です。打ち合わせ前に行われたさまざまな調査によって、あらためて見返り美人図の損傷箇所や状況が共有されました。
「見返り美人図」の損傷地図
上の画像は、修理工房によって作成された見返り美人図の損傷地図。青色で示されているのは、きものの花丸模様部分の絵の具の剥落・剥離、水色の線で示されているのは本紙の折れが顕著な部分です。
その他にもピンク色で本紙の上下に広がったシミなど、写真の上に損傷箇所が状態によって色分けして表示されていて、見返り美人図にこれだけ傷んでいる場所があったことに驚かされます。
こうした損傷箇所は、正面とは違う方向から光を当てることによって見えやすくなります。
例えば、下の図は作品に斜めからの光を当てて撮った画像です。
作品に斜めの光を当てて撮影した「見返り美人図」
くるくると巻かれた状態で収納される掛け軸特有の傷みである、折れがより視認しやすくなっています。
また、こちらは作品の後ろから光を当てて撮影した画像。
作品の描かれた本紙にどのように裏打ちが当てられているかが分かり、過去の裏打ちによって作品に負担がかかっていないかを検討する材料になります。
作品の裏側から光を当てて撮影した「見返り美人図」
他にも、顕微鏡で損傷の状態を細かく調査したり、蛍光X線分析によって使用されている材料を推定し、その影響について調べたり、と、さまざまな角度から行われている調査は、人間ドックを思わせるものがあります。
解体を伴う文化財の修理は、リスクを伴う外科手術にもたとえられますが、各種専門医が協議を重ねて患者に対して最適な治療を探るように、文化財の専門家が様々な知見を持ち寄ることで、文化財の価値を損ねることなく修理が行われ、確実に次の世代に受け継がれていくのだな、と改めて感じました。
今後もこのブログでは「見返り美人図」の修理進捗などについて、「埴輪 踊る人々」の修理と並行してご紹介し、皆様とともに修理完了までを見守って参りたいと思います。
どうぞお楽しみに。
「埴輪 踊る人々」・「見返り美人図」について 修理の進捗について
カテゴリ:保存と修理
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posted by 田村淳朗(総務部) at 2024年03月28日 (木)
踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告 3
当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせして参ります。
3回目も「埴輪 踊る人々」修理作業の様子をご紹介します。今回は「補修」のお話。
前回のブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告 2」では、旧修理で施された石膏の除去の様子をご紹介しましたが、2体の埴輪はその後も解体が進められた後、表面の汚れなどの除去、クリーニングが行われました。
展示などで付着した長年の汚れが落とされ、元の色が際立ったように見えます。
今回見せていただいたのは、再度欠損部分を復元する作業と、大きな亀裂を補填して強化する作業です。
修理工房にお伺いした時点では、すでに円筒部分などに大まかな復元が行われた状態となっていました。
大きい方の埴輪の口元にもヒビの補強が入っています。よだれを垂らして寝ているように見える…
うすい灰色部分が復元・補強が施されている部分。
今回使われているのは、「バイサム」というエポキシ樹脂だそうです。
…エポキシ樹脂って何だろう?
こっそりスマホで検索すると、以下のような説明が出てきました。
「エポキシ樹脂は、エンジニアプラスティックの一種です。」
…なるほどわからない。
イタリア料理の店で「アマトリチャーナって何ですか?」と聞いて、「グアンチャーレやペコリーノ・ロマーノを使ったトマトベースのパスタです。」と教えてもらった時の気持ちがします。
博物館に戻って調べたところ、エポキシ樹脂は熱ではなく、主剤と硬化剤を化学反応させることでゆっくりと固まるプラスチックで、軽量で強度や耐久性も高く、塗料やコーティング剤、接着剤などとして一般的な素材だそうです。
石膏よりも劣化もしづらく、土器などの復元にもよく使われているとのこと。
軽く丈夫になることで、作業に伴う危険が減り、より安全に展示ができるようになります。
人気者でありながら、輸送時にかかる負担を考慮してなかなか館外での展示ができなかった「埴輪 踊る人々」ですが、今回の修理により安定した輸送ができるようになることで、館外での活躍も増えるのではないでしょうか。
さて、作業の説明に戻りましょう。
まずは円筒部分の復元作業。大まかに復元し滑らかに形を整えたうえで、解体の際にも使ったリューターと呼ばれる小型のドリルのような電動工具ややすりを使って、削っていく作業が行われます。
作業の様子を動画でもご覧ください。
円筒部分復元作業の動画
欠損している円筒部分の復元は、絶対的な正解のない難しい作業。
安定して立つ必要がありますが、仕上がりがまっすぐ過ぎても太すぎても細すぎても違和感が出ます。
重要なのは全体のバランス。少しずつ少しずつ形が整えられていきます。
また、ヒビを充填して補強した場所にも同様に形を整えるためのやすりがかけられます。
作品自体を傷つけないよう紙やすりは小さく切り、さらに折りたたんだ端や隅の部分を使っています。
修理技術者の方に伺ったところ、復元部分の表面の質感をオリジナル部分と似せるようなことはせず、復元・補填した部分とオリジナルの部分が分かるように、ということを考えながら作業をしているとのこと。
全体として鑑賞する際に修理部分が妨げとならないように、けれど、どこがオリジナルかということはわかるようにしておく。繊細なバランスが必要とされる、まさに職人仕事です。
◇
もう一つ、今回は埴輪の亀裂を補填する作業も見せていただきました。
手前の粘土のようなものが、「エポキシ樹脂」の主剤(白)と硬化剤(グレー)。
きちんと固まるよう念入りにこねます。
少なくても多くてもダメ。必要な分量を見極めながらスパチュラ(コテのような道具)ですくって、少しずつ充填していきます。
一回にごとにすくい取られる樹脂の量はほんの僅か。
少しずつ、それでも丁寧に確実に亀裂を埋められていく様子を見ていると、「ほんとに良かったね…」とふと声をかけたくなりました。
皆様のご支援のもとで実現した今回の修理。
作業の様子を見せていただきながら、より安定した状態で、この埴輪を未来へと伝えられることに、あらためて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
100年先、200年先の人たちにも、この愛らしい埴輪を守るためにたくさんの人達から支援をいただいたことを伝えていきたいと思います。
さて、補修が全て終わると、いよいよ次は補修部分に色を施す作業へと移ります。
修理完了までもう少し! 今後も皆様と一緒に進捗を見守って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
カテゴリ:保存と修理
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posted by 田村淳朗(総務部) at 2024年01月25日 (木)
踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「埴輪 踊る人々」修理報告 2
当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせして参ります。
第2回目の今回は修理が進む埴輪 踊る人々について、修理に伴う解体作業の様子をご紹介します。
あれ? 修理するはずなのに解体しちゃうの?
と思われる方もいらっしゃいますでしょうか?
前回のブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 『埴輪 踊る人々』修理報告 1」でもご紹介しましたが、今回の修理では「昭和初期の修理時に施された石膏(せっこう)等の経年劣化」に対応することが目的の一つになっています。
古墳に並べられていた埴輪が、元の形で出土することはまれ。破片となっているものをつなぎ合わせたり、欠損している部分を補うために、石膏や他の接合材料が使われるのですが、使われた材料が劣化したり、剥離してくると作品を安全に取り扱うことが難しくなります。
埴輪 踊る人々の2体についても、各部の接合や腕や頸(くび)、円筒部分の復元に石膏等が使われており、今回の修理は解体を行って古くなった石膏等を除去するところから始まるというわけです。
今回拝見したのは、埴輪のオリジナル部分と石膏による復元部分を切り離したり、石膏を削ったりする作業。
作業前の埴輪を見せていただくと、石膏の劣化状況を調査するために、2体のうち1体の埴輪の腕は既に取り外された状態となっていました。
上の画像の中で腕の部分に見えている白い部分は、昭和初期の修理で使われた石膏です。オリジナル部分と色を合わせるために施されていた補彩も取り除かれ、肩から胴体にかけての旧修理による接合部分も露出しています。
胴体部分などで色が少し濃くなっている理由は、ひびが入っている場所を固定・強化するために今回の作業の前段階でアクリル樹脂が入れられているため。安全に作業を進めるために施されているものですが、修理の進行に合わせて除去されるそうです。
この胴体部分のひびの大きさは、館内の調査でも把握されていたところですが、修理技術者の方から見ても「この状態でよく今までもっていたな…」という印象を受けた、とのこと。
愛らしい顔と姿の裏に、そんな大きな傷を抱えていたなんて…。
今回の修理にご支援をいただいた皆様にあらためて御礼を申し上げます。
さて、関係者でここまでの作業状況や作品の状態を共有し、いよいよ本日の作業開始です。
ここは、百聞は一見に如かず、ということで、実際の解体作業の様子を動画でご覧いただきましょう。
円筒部分の石膏の切除作業(動画)
リューターと呼ばれる小型のドリルのような電動工具によって大胆に進んでいく作業に圧倒されますが、ご安心ください。動画の中で切除されている部分は石膏による復元部分。オリジナルと接合する箇所については後程丁寧に削られていくそうです。
とはいえ、考古担当の研究員でもなかなか見たことのない貴重な作業の様子。私は「なにひとつ邪魔してはならない」と、部屋の隅でそれこそ埴輪のように固まっておりました。
切除作業はまず顔のある前面から。鼻などの表現のある顔を下に向けることはできるだけ避け、はじめに円筒部分の前面を切り離し、その後に内側から後ろ側を切り離すといった手順で進みます。
後ろ側の切除の際には、上の画像のようにクッションと埴輪の間に布を巻いたものが挟み込まれました。これはリューターが埴輪の下に敷かれているクッションを巻き込むことがないようにするための工夫。
かけがえのない文化財を修理する技術者の方が、いかに作品の安全に配慮して作業をされているかが垣間見えます。
切り離された円筒部分がこちら。今回の修理では、石膏ではなくエポキシ樹脂で新たに復元される予定となっています。
今回はもう一つ、先ほど冒頭でご覧いただいた腕部分の石膏を少しずつ削っていく作業も見せていただきました。
腕部分の石膏のはつり作業(動画)
過去の修理によっては、石膏のなかに埴輪の破片が紛れていることもあり、慎重に少しずつ古い石膏を削りながら、オリジナル部分へとにじり寄るように進んでいきます。
X線CT撮影した画像があるなど、事前の情報はあったとしても、もし削りすぎてしまえばやり直しがきかない作業。
石膏を削っていくのは非常に繊細な作業だと、修理技術者もおっしゃられていました。
修理序盤にして、最大の山場ともいえる解体作業。この解体が終わると、クリーニング→破断面などの強化接合へと作業は進み、調査や修理の中で得られた最新の知見を活かしながら復元が行われることになります。
来年春の完了まで、修理作業はまだまだ前半。今後も皆様と一緒に進捗を見守って参りたいと思います。どうぞお楽しみに。
カテゴリ:保存と修理
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posted by 田村淳朗(総務部) at 2023年06月29日 (木)