今年の春は遅く、4月になってもまだ梅が咲いています。
現代は、テレビによって全国共通の季節感が生み出されていますが、桜となると、人によって抱いているイメージにずれがあるかもしれません。
昔は、桜は入学式の花でしたが、最近では温暖化によって卒業式の花に変ってしまいました。今年の桜は、どんなイメージを記憶に残すのでしょうか。
私は、桜で有名な弘前に生まれました。
桜より一週間ほど早く梅が咲き、桃と桜が重なるように咲きだします。
北国は、春が一斉に訪れるのです。
それもゴールデンウイークに。
そのため、日本標準の季節感とは、ちょっとしたずれがあります。
2月に梅、3月に桜を季節の彩として展示作品の構成を考えるのですが、肌になじまない違和感がいつもあるのです。
桜は、人の気分を浮き立たせます。
江戸時代初期には浮世を描いた風俗画が流行しますが、どういうわけか、絵の中にはよく桜が咲いています。
祇園祭の描かれた舟木本「洛中洛外図屏風」でも、人々は、桜の枝を背にして踊っています。
重要文化財 洛中洛外図屏風(舟木本)(部分) 江戸時代・17世紀
(展示予定未定)
現在、本館10室で陳列中の「四条河原図屏風」(~2012年4月15日(日)展示)も、舟木本と同じく祇園社の周りには桜が咲き、人々が宴席を構えているのですが、同時に紅梅も咲いています。
由緒ある梅のようです。
この屏風は、細見美術館の「北野社頭遊楽図屏風」と本来は、一双をなしていました。
その屏風、北野社では、紅梅が咲き、満開の桜の下では、酒宴が催されています。
上品な梅。
親しみのある桜ということになるかもしれません。
出雲阿国が歌舞伎踊りをはじめたのは、慶長8年(1603)春、桜の頃でした。
歌舞伎おどりの流行が、「花下遊楽図」屏風」に取り入れられています。
国宝 花下遊楽図屏風(左隻) 狩野長信筆 江戸時代・17世紀
(~2012年4月15日(日)展示)
中国文化を背景とした中世の水墨画には梅がよく描かれ、夢の浮世を謳歌した安土桃山時代から江戸時代初期の絵画には桜が良く描かれています。
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posted by 田沢裕賀(絵画・彫刻室長) at 2012年04月02日 (月)
こんにちは。
花見の時期、毎年上野公園では多くの方々で賑わいます。
花見は江戸時代には行楽として定着したといい、江戸時代の前期には、博物館のある上野や京都の醍醐などが名所として知られていたといいます。
さて、今回ご紹介する合口はまさにこうした花見の季節にぴったりな作品です。
銀包桜樹文合口(ぎんづつみおうじゅもんのあいくち) 後藤一乗 江戸時代・19世紀(~2012年5月6日(日)まで本館5室に展示)
鞘は銀の板で包み、満開に咲き誇る桜の木を片切彫(かたきりぼり)であらわしています。
また、目貫(めぬき)と目釘(めくぎ)、それに笄(こうがい)と小柄(こづか)にも桜がみられますが、こちらは金を用いています。
金と銀を巧みに使い分けることでみやびな春の世界が広がっています。
ところで、この金具を制作したのは幕末の京都で活躍した後藤一乗という人物です。
後藤家は室町時代から続く刀装具の一家で、本家はおもに江戸で栄えましたが、京都にも分家があり、一乗はこの末流の人です。
この作品には、そうした京都で活躍した職人らしい表現と思われる箇所があります。
それは梢の綱にわたされた「鈴」です。
銀包桜樹文合口の部分拡大
先ほど記したように、京都の桜の名所は醍醐が有名です。
醍醐寺では、安土桃山時代、豊臣秀吉による大規模な花見(醍醐の花見)が行われました。
『太閤記』によれば、この花見には桜を散らせてしまう鳥を追い払うため、木に鈴をつけたといいます。
この鈴を護花鈴(ごかれい)といいます。
醍醐の花見を描いた絵画には、今村紫紅の「護花鈴」(霊友会妙一記念館)や安田靫彦の「花の酔」(宮城県美術館)のように、桜に縄をわたして鈴がつけられています。
制作された時期は少し異なりますが、どうやら醍醐の花見と鈴には、密接な関係があるようです。
あくまで推測の域を出ませんが、京都人であった一乗は、この作品を制作する際、醍醐の花見で鈴をつけたことが知られていたため、この桜を思い描きながら鈴をあらわしたのかもしれません。
もしそうだとすれば、この春、博物館では上野の桜と醍醐の桜が一度に楽しめることになります。
是非ご覧いただければ幸いです。
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posted by 酒井元樹(平常展調整室) at 2012年03月31日 (土)
ようやく、春を実感できるようになりましたね。
この冬は近年に珍しく、長く、寒さの厳しい冬でした。
桜の開花も、例年になく遅れており、この分だと上野の桜の盛りは、4月に入ってからになりそうです。
実際の桜と描かれた桜を同時にご覧いただけるのが、トーハクならではのお花見。
もう何年も続けている事業の一つですが、まだの方は、是非一度お試し下さい。
例えば…ということで、ここでは、日本美術の流れ「暮らしの調度」コーナー(本館2階8室)の桜やお花見に関連する作品について、いくつかご紹介しましょう。
(画像は全て~2012年6月24日(日)展示)
枝垂桜蒔絵笛筒 江戸時代・18世紀 山井惟光氏寄贈 (右)左画像の部分拡大
雅楽に用いられる横笛、龍笛(りゅうてき)をしまう筒です。表面には透漆(すきうるし)を塗って木目を見せ、平蒔絵(ひらまきえ)と螺鈿(らでん)で枝垂桜(しだれざくら)を表わしています。笛の銘(愛称)「若桜」に因んで、桜の文様を描いているのでしょう。江戸時代、由緒の古い楽器や音の良い楽器には精緻な漆芸技法で装飾した筒や箱を誂(あつら)え、丁重に保管しました。
梅桜蒔絵短冊箱 江戸時代・18世紀
書は人がらを表わすものとされ、時にはその人物に対する尊敬の念を込め、大事にしまわれていました。掛軸や巻子(かんす)などの書物を収納する箱は、現代では桐の素木(しらき)で作ったものがほとんどですが、江戸時代以前には漆を塗り、蒔絵などの技法で装飾した軸物箱も多く用いられたようです。この箱は形式からすると、和歌や俳諧などを書きつけた短冊を収めていたと考えられます。
吉野宮蒔絵書棚 江戸時代・18世紀 個人蔵 (右)左画像の部分拡大
書棚は巻子や冊子などの書物を飾る棚です。蒔絵の他に珊瑚象嵌(さんごぞうがん)や彫金金具を嵌(は)め込(こ)むなど様々な技法を交え、桜が満開の山水や舎殿、庭園を表わし、豪華に飾っています。画中に歌文字を散らしており、持統天皇が吉野へ行幸した際、柿本人麻呂が詠んだ歌を主題にしたものとわかります。図版では小さくてよく見えないですが、棚の下段、扉の部分に描かれた庭園の図には、秋・津・野・邊・耳の文字が散らされています。是非実物で、文字を見つけて下さい。
葵紋蒔絵野弁当 江戸時代・19世紀
野弁当は、大名のピクニックセット。花見や観楓などの行楽や、道中のための飲食器一揃です。酒器や重箱、飯椀・汁椀から、多くは茶を点てる道具までを含むため、茶弁当とも言います。箱側面の上部につけた金具に棒を通し、肩に担いで持ち運べるようになっているのです。といっても、お酒やお料理が入っていなくても、結構な重さなんですよ、これが。いつの世も、お仕えする人の苦労がしのばれます…
瓢形酒入 船田一琴作 江戸時代・天保14年(1843)
装剣金工の精巧な彫金技術で作られた、贅沢な酒入。肩には雲間の月を銀象嵌で表わし、胴に鍍金の桜花を散らしています。とくれば、テーマは「夜桜」でしょうか。個人的には、夜桜見物にお酒は欠かせないと考えます。こんなお銚子には、きりっとして、それでいてどっしりとしたお酒を、入れてみたいです。お酒を注ぐ器には、朱塗の蒔絵盃、なんていかがでしょう。博物館にはちょうど良い文様の盃がなくて、展示でも試せずにいるのですが…
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posted by 竹内奈美子(工芸室長) at 2012年03月27日 (火)
日本人が愛してやまない桜。
桜の魅力は盛りが短いことにあるのかもしれません。
毎年毎年満開の桜に心をときめかせ、散りゆく風情を惜しみながら楽しみます。
陶磁器の上にあらわされた桜にも、われわれ日本人の心情が投影されたさまざまな趣向が凝らされています。
色絵桜樹図透鉢 仁阿弥道八作 江戸時代・19世紀
(~2012年5月6日(日)展示)
こちらは仁阿弥道八(1783~1855)の作品。白泥と赤彩の点描で満開の桜が描かれています。ちょっと印象派っぽいですね。鉢の内外に描かれた桜が重なり合うことによって奥行きを生み出し、たくみに配された透かしを通して遠景が見え、桜でいっぱいの空間が生み出されています。
展示場では器を動かすことはできないので、立ち位置を変えながらお楽しみください。
色絵桜川文徳利 伊万里 江戸時代・17世紀 広田松繁氏寄贈
(~2012年5月6日(日)展示)
こちらは伊万里焼の徳利です。江戸時代の初頭に朝鮮半島から渡来した陶工によって磁器焼成の技術が伝えられ、17世紀半ばには中国から色絵の技術が導入されました。
器面を曲線で帯状に分割し、毘沙門亀甲や唐草などのいわゆる祥瑞文様と水面に散る桜の花とを交互に描いています。
文様構成は中国で明時代末に焼かれた祥瑞と呼ばれる磁器に倣っているわけですが、ここではさらに、流れるような捻文に流水のイメージが重ねられています。
色絵桜樹図皿 鍋島 江戸時代・18世紀
(~2012年5月6日(日)展示)
領内に有田という日本随一の磁器の産地をもつ鍋島藩は、藩窯を置いて将軍家への献上品や大名などへの贈答品を焼きました。技術、意匠のあらゆる面で洗練をきわめ、大きさや形は厳格に規格が守られました。文様装飾に染付と色絵とを組み合わせたものは色鍋島と呼ばれます。
これは色鍋島の七寸皿です。桜の花の赤い線は、淡い染付の線の上に描かれています。絢爛豪華な色彩美を追い求めるのではなく、あえて色数を限定し、格調高い意匠に仕上げている点が色鍋島の大きな特色です。
色絵花筏図皿 鍋島 江戸時代・18世紀
(2012年3月27日(火)~6月24日(日)展示)
こちらも色鍋島です。花筏とは、本来散った桜の花びらが水面に流れつづくさまを筏に見立てていう語で、花筏の言葉のままに、水面に桜の花と筏の図を大胆に組み合わせて意匠化しています。鍋島焼ならではの洗練された感覚で、散りゆく桜の風情が表現されています。
色絵唐花文皿 鍋島 江戸時代・17~18世紀
(~2012年5月6日(日)展示)
外周には中国の空想上の花である唐花が描かれています。このように中央をあえて白抜きにする意匠は鍋島焼が得意としたところです。
お皿に盛られた、春を感じさせる料理やお菓子を食べ終えて、空いたお皿にふと目をやると、真ん中に桜の花が浮かび上がるという、おしゃれな趣向です。
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posted by 今井敦(博物館教育課長) at 2012年03月25日 (日)
ひと雨ごとにあたたかくなる、そういった感じのお天気ですが、それでも今年の冬は、寒が強かったためでしょうか、全国的に梅の開花も遅れているようです。
梅は咲いたか、桜はまだかいな・・・春のおとずれが待ち遠しい今日このごろです。
さて、今年も恒例「博物館でお花見を」がやってきます。
2012年3月20日(火・祝) ~ 4月15日(日)の期間、トーハクは内も外も、桜の花ざかり。
展示室では、桜をモチーフにしたかずかずの作品が、みなさんをお待ちしています。
屏風、浮世絵、焼き物の器、漆の調度・・桜を詠んだ漢詩・・豪華なラインナップは当館ならでは。
(左) 色絵桜樹図透鉢 仁阿弥道八作 江戸時代 19世紀 (本館13室、2012年2月14日 ~ 5月6日展示)
(中央) 名所江戸百景・隅田川水神の森真崎 歌川広重筆 江戸時代・安政3年(1856) (本館10室、2012年3月20日 ~ 4月15日展示)
(右) 瓢形酒入 船田一琴作 江戸時代・天保14年(1843) (本館8室、2012年3月27日 ~ 6月24日展示)
桜の姿かたち、色、配置も、けっして一様ではありません。桜をいかに美しく表すか、さらには、桜というモチーフにことよせて、画面や器、詩の芸術世界を作り上げるか。それにしても、私たちはなんと昔から、桜を愛でていたことでしょう。
建物を出れば、外のお庭では、ヨシノシダレ、ミカドヨシノ、オオシマサクラ、エドヒガンシダレ、ケンロクエンキクザクラ、ギョイコウザクラといった、さまざまな種類の桜をご覧いただけます。
庭園風景 エドヒガンシダレと茶室春草廬(昨年の庭園の様子)
「国宝 花下遊楽図屏風」(2012年3月20日(火・祝) ~ 4月15日(日)展示)はじめ、桜をテーマとした作品の解説や、お庭の桜ガイド、お茶会、桜セミナー、コンサートなど関連イベントも盛りだくさん。桜の作品をめぐるスタンプラリーでは、開館140周年記念バージョンの桜缶バッジをプレゼント。「花の雲鐘は上野か浅草か」(芭蕉)。館内に設置した俳句ポストに、あなたの一句をぜひどうぞ。トーハクならではの桜を、ぜひご堪能ください。
カテゴリ:博物館でお花見を
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posted by 伊藤信二(教育普及室長) at 2012年03月16日 (金)