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1089ブログ

迦陵頻伽と孔雀と宝相華

コロナ禍の真っ最中、身内に不幸があり、やむなく中部地方の郡部にある実家に帰省しました。セレモニーが終わると親類もそそくさと帰途につき、どこか出掛けるような状況でもなく(ちょっと当時を思い出してみて下さい)、ずっと庭を眺めていました。初春のことで梅が咲いており、鳥が飛んでいます。いい年齢になったせいか、花鳥画というのはこういう世界を描こうとしたのだなと思いました。

その花鳥画は、花が咲き鳥が歌う浄土を描こうとしたのではないかと思います。四季の明確な東アジアには、四季折々の花に鳥を合わせた四季花鳥図というものがありますが、浄土は四季が揃っているともいわれており、浄土を表したとする解釈も頷けます。あるいは、仏教的な浄土は、仏教の興ったのはインドですから、熱帯の色鮮やかな花々と極彩色の鳥のイメージが思い浮かびます。いずれにしろ、花と鳥は、風物でもありますが、楽園のイメージを強く喚起するものといえます。
 
その浄土のうち、最も高名な阿弥陀如来の住する西方・極楽浄土を顕したとされるのが、中尊寺金色堂です。金色堂の荘厳(しょうごん)には迦陵頻伽(かりょうびんが)と孔雀(くじゃく)と宝相華(ほうそうげ)が溢れています。それはなぜでしょうか。
 
図1 国宝 金銅迦陵頻伽文華鬘 平安時代・12世紀 岩手・中尊寺金色院蔵
建立900年 特別展「中尊寺金色堂」通期展示(2024年4月14日(日)まで) 
 
図2 国宝 迦陵頻伽文露盤羽目板 平安時代・12世紀 岩手・中尊寺大長寿院蔵
建立900年 特別展「中尊寺金色堂」通期展示(2024年4月14日(日)まで)
 
迦陵頻伽は上半身が人、下半身が鳥という空想上の生き物で、極楽浄土に住み、妙音を発して鳴くといわれています。現存遺っているものでは、金色堂で使われたと伝わる金銅華鬘(こんどうけまん)【図1】に羽を広げて佇(たたず)む優美な姿を見ることができます。また、金色堂の屋根の上にある方形の露盤(ろばん)に使われていたともいわれる羽目板(はめいた)【図2】にも、その姿があります。迦陵頻伽はインドで創出されたと考えられ、中央アジア、中国、朝鮮半島を通じて日本へも奈良時代には伝えられていました。その姿は正倉院宝物や極楽浄土を描いた当麻曼荼羅(たいままんだら)【図3・4・7は江戸時代の模写】にも描かれています。
 
 
図3 当麻曼荼羅図 神田宗庭隆信筆 江戸時代・天保7年(1836)
下野三悦坊伝来 喜多川儀久氏寄贈 東京国立博物館蔵
※本作品は展示しておりません 
 
図4 図3当麻曼荼羅図に描かれた迦陵頻伽
 
迦陵頻伽はさすがに実在しませんが、孔雀は実際にインドや東南アジアに生息する鳥で、尾羽を覆う上尾筒(じょうびとう)を扇形に開いた様が特に美しく印象的です。孔雀も迦陵頻伽と同じく、極楽浄土について述べた『阿弥陀経』という経典に、極楽に住む鳥として記されています。孔雀も妙音を発するとされ、まさに「鳥は歌う」が極楽の要素として重要であったと考えられます。孔雀は金色堂の須弥壇(しゅみだん)の格狭間(こうざま)【図5】にそれぞれ配置されており、また法要の最中に打って鳴らす道具である磬(けい)【図6】や僧侶(そうりょ)の座る礼盤(らいばん)にも表されています。先に述べた露盤の羽目板も、4面のうち正面と思われる1面は迦陵頻伽ですが、残りの3面は孔雀が表されています。孔雀も奈良時代には日本に伝えられており、正倉院宝物の刺繡の幡(ばん)や当麻曼荼羅【図3・7】にも登場します。孔雀は藤原道長(966~1027)が飼っていたという記事が、日記である『御堂関白記(みどうかんぱくき)』にあり、日本美術では象などに比べると遥かにリアルに表されています。
 
図5 金色堂中央壇格狭間の孔雀
 
図6 国宝 磬架・金銅孔雀文磬のうち金銅孔雀文磬 平安時代・12世紀 岩手・中尊寺金色院蔵
建立900年 特別展「中尊寺金色堂」後期展示(展示期間:2024年3月5日(火)~4月14日(日))
 
図7 図3当麻曼荼羅図に描かれた孔雀
 
宝相華は、牡丹などをベースにして想像された空想上の花です。中国で唐代に成立した豪華な花文様である唐花文様(からはなもんよう)を仏教化したもので、主に唐草(からくさ)と組み合わせられて用いられました。金銅華鬘【図1】の地に透かし彫りで表されているのが宝相華唐草です。礼盤の金具や螺鈿平塵案(らでんへいじんあん)の金具【図8、螺鈿の宝相華は残念ながら剥落】、そして須弥壇の格狭間の孔雀の傍(かたわ)らにも珍しい株立ちの宝相華【図5】が表されています。さらに全体を見渡すと、須弥壇の上から下まで、それから四方に立つ柱は、螺鈿や蒔絵(まきえ)の宝相華で隙間もないほどに荘厳されており【図9】、果ては仏像の光背(こうはい)、台座、天蓋(てんがい)に至るまでもが宝相華に覆われており、花が咲き乱れる様子が表現されています。極楽を観想(心に思い浮かべること)する方法を説く『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』には、七つの宝石(瑠璃・玻璃・瑪瑙・硨磲(しゃこ)・真珠・珊瑚・琥珀の七宝)から成る花や実をつけた光り輝く巨大な宝樹について述べられており、『阿弥陀経』にもこのような宝樹や、青・赤・黄・白、そしてこれらが混じった色の巨大な蓮華が池に咲く様子が説かれています。「花は咲き」も極楽の構成要素として大変重要であったといえるでしょう。
 
図8 国宝 螺鈿平塵案 平安時代・12世紀 岩手・中尊寺金色院蔵
建立900年 特別展「中尊寺金色堂」後期展示(展示期間:2024年3月5日(火)~4月14日(日)) 
 
図9 中尊寺金色堂中央壇
 
このように、極楽浄土の教主である阿弥陀如来を主尊とする金色堂は、間違いなく花が咲き鳥が歌う極楽浄土を再現したものといえるでしょう。光堂(ひかりどう)とも呼ばれる金色堂の荘厳は、無量光仏(むりょうこうぶつ)(限りない光の仏)とも呼ばれる阿弥陀の光を象徴しているといえるのです。
 
ところで、当麻曼荼羅では、上空に迦陵頻伽が飛び、地上の蓮池の畔(ほとり)に孔雀が描かれていました。金色堂でも迦陵頻伽は長押(なげし)などに懸ける華鬘に、孔雀は須弥壇や礼盤などの下の方に配置されています。孔雀は高くは飛べない鳥です。そうした属性が意匠として使われる際にも考慮されているのかもしれません。 
 
ぜひ、建立900年 特別展「中尊寺金色堂」に足をお運びいただき、金色堂の荘厳にあしらわれた迦陵頻伽や孔雀、宝相華を探してみてください。
 

カテゴリ:工芸「中尊寺金色堂」

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posted by 清水健(工芸室) at 2024年02月09日 (金)