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1089ブログ

近世やまと絵を楽しむ

「近世のやまと絵」と聞いた時、どのような作品が思い浮かぶでしょうか?
「あれ、やまと絵といえば、平安時代のきらびやかな作品なのでは?」と思われる方も多いのではないかと思います。
しかしやまと絵は、日本絵画を代表するジャンルの一つとして、近世、江戸時代になっても輝きを放ち続けていました。

現在、平成館で開催中の特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」に合わせ、本館7室、8-2室、特別2室で開催している特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」において、「近世やまと絵」に関する作品を展示しています。


本館8-2室の展示風景

すでに特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」を御覧いただいた方はご存知かもしれませんが、室町時代後期、それまで200年近くやまと絵の仕事の多くを担っていた土佐家の当主が戦死し、土佐家の工房が京都から堺へと拠点を移すことになりました。そして土佐家の京都不在を機に、他の多くの絵師たちがやまと絵を手がけるようになったのです。それは、中世のやまと絵を継承しつつも、やまと絵が大きく変容していくことを意味していました。
今回特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」では、大きく3つのテーマを設けて展示しています。

まず本館7室では、「やまと絵の系譜―四季の景物、名所の情景―」と題し、やまと絵の大きな主題でもある四季や名所をテーマとする優品を展示しています。


桜山吹図屛風(さくらやまぶきずびょうぶ)
伝俵屋宗達筆 江戸時代・17世紀 田沢房太郎氏寄贈



桜山吹図屛風(さくらやまぶきずびょうぶ)
伝俵屋宗達筆 江戸時代・17世紀 田沢房太郎氏寄贈

桜と山吹が咲きほこる春の風景です。緑の土坡で大胆に画面が区切られ、金銀泥や砂子などで装飾された季節の草花の上に和歌が記された色紙が貼り交ぜられています。
宗達(そうたつ)が活躍したのは、安土桃山~江戸初期という変革期の京都。王朝文化に対する憧れから古典復興の気運が高まっていました。
宗達は、金銀を多用し鮮やかな色彩を用いて宮廷や京都の上層町衆の需要に応えていました。本作にみえるリズミカルで意匠美豊かな画風は、宗達が中世のやまと絵を継承しつつ、時代の要請に合わせて大胆に変容させた、近世やまと絵の画風の一端を示すものといえます。

続く本館8-2室では、「近世やまと絵の担い手たち」と題し、やまと絵本流である土佐派、住吉派、板谷派に加え、狩野派、岩佐派、長谷川派、さらには琳派、復古やまと絵の諸派など、画派ごとのやまと絵表現の流れをご覧いただきます。


粟穂鶉図屛風(あわほうずらずびょうぶ)
土佐光起筆 江戸時代・17世紀



粟穂鶉図屛風(あわほうずらずびょうぶ)
土佐光起筆 江戸時代・17世紀

堺に拠点を移した土佐派を一世紀ぶりに京都画壇に復帰させたのが土佐光起です。以降、土佐派はやまと絵を担う重要な画派として、幕末に至るまで活躍してゆくことになります。
鶉(うずら)は光起が得意とした画題の一つで、その後の土佐派の絵師たちにも受け継がれる代表的なモチーフとなりました。


秋郊鳴鶉図(しゅうこうめいじゅんず)
土佐光起、土佐光成筆 江戸時代・17世紀

今回は、光起の屏風と、息子である光成との合作の掛軸を並べて展示しています。
羽毛のふわふわ感を楽しんでいただければと思います。


粟穂鶉図屛風(あわほうずらずびょうぶ)(部分)
土佐光起筆 江戸時代・17世紀




年中行事図屛風(ねんじゅうぎょうじずびょうぶ) 左隻
住吉如慶筆 江戸時代・17世紀


ここでぜひこの機会にご覧いただきたい作品をご紹介しましょう。住吉如慶(すみよしじょけい)の屛風です。
如慶は土佐光吉(とさみつよし)、もしくは光則(みつのり)の門弟とされる絵師で、鎌倉時代以来途絶えていた住吉家を復興した人物として知られています。
なぜこの作品に注目かといいますと、ちょうど平成館で開催中の特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」で、如慶らが後水尾天皇の命で模写した「年中行事絵巻(住吉本)」が半世紀ぶりに(!)公開されているからなのです。
「年中行事絵巻」は、もともと平安時代後期に後白河天皇の命で制作された絵巻で、宮中や都の儀式や行事、儀礼などが描かれた年中行事の集大成だったのですが、原本は火災で焼失してしまい、模本のみが現存しています。そうした貴重な模本の中でも、住吉本は描写も正確であり、重要視されてきました。
特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」では、住吉本四巻の展示のうち、巻第五が展示されていますが(展示期間:11月7日(火)~19日(日))、この屛風には、ちょうど巻第五と同じ場面、「内宴」の様子、中でも内教坊(ないきょうぼう)の妓女(ぎじょ)たちが舞を披露するところが描かれているのです。
もちろん、絵巻から屛風へと拡大して描いていますので、構図も整理されていますし、そっくりそのまま形を踏襲しているわけではありません。
しかし、貴重な原本を模写した経験があるからこそ、如慶は、こうした屛風を描くことができたのです。この機会にぜひ、両作品を見比べるという経験もしてみていただけたら幸いです。


源氏物語図屛風(絵合・胡蝶)(げんじものがたりずびょうぶ えあわせ・こちょう)
狩野〈晴川院〉養信筆 江戸時代・19世紀



源氏物語図屛風(絵合・胡蝶)(げんじものがたりずびょうぶ えあわせ・こちょう)
狩野〈晴川院〉養信筆 江戸時代・19世紀

『源氏物語』はやまと絵において最も多く絵画化された主題だと思いますが、本作も、右隻は『源氏物語』の「絵合(えあわせ)」から、女御たちが冷泉帝の御前で絵を競う場面を、左隻は「胡蝶」から、秋好中宮(梅壺女御)が春の仏事を行う様子を描いています。(特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」では、現在「源氏物語図屛風(胡蝶)」を展示中)。
狩野派の絵師たちは、すでに室町時代からやまと絵の画法を取り入れた作品を制作していましたが、やまと絵学習という点において最も特筆すべき存在は、本作の筆者である木挽町(こびきちょう)狩野家九代目当主の養信(おさのぶ)です。
当館には木挽町狩野家に伝来したとされる模本類が5,000件近く収蔵されていますが、その模本からは、養信がすでに10歳で狩野探幽の作品を的確に模写し、14歳の段階でやまと絵の絵巻模写にも挑戦していることがわかります。


法然上人行状絵傳(模本)(ほうねんしょうにんぎょうじょうえでん)(部分)
狩野養信等模(原本:土佐吉光) 江戸時代・文化六年(1809)
(注)展示の予定はありません


養信はその後も膨大な数の古画の模写を続け、学習を深めていきました。
「源氏物語図屛風」は養信のやまと絵学習の成果がいかんなく発揮された優品です。保存状態も良いので、発色のよい絵具や精緻な描写など、ぜひお近くで御覧ください。


四季花鳥図巻(しきかちょうずかん) 巻下(部分)
酒井抱一筆 江戸時代・文化15年(1818)


酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路藩主の弟として文雅をたしなむ風流人を多く輩出した家柄に生まれ、若くして俳諧や狂歌、能など諸芸をたしなみました。
そして江戸の地で尾形光琳を顕彰しながら、俳人ならではの感性で瀟洒(しょうしゃ)な作品を制作し、彼を取り巻く江戸後期の文芸サロンの交遊の中で、自らの画業を展開していきました。
「四季花鳥図巻」は、春夏で1巻、秋冬で1巻、計2巻にわたり月々の花と鳥たちが描き連ねられ四季がめぐってゆく画巻です(特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」では、現在下巻を展示中)。
左へと巻き広げる巻物の形態を最大限に生かした構図が特徴です。 幹や枝、蔓(つる)の配置とともに、鳥や虫たちも、左へと続く次の季節へとリズミカルに私たちの視線を誘導させていきます。 極上の絵具により描かれた本作は、抱一の琳派学習や江戸後期の中国絵画に対する嗜好、博物図譜の流行など、さまざまな要素を取り入れ紡ぎだされた、抒情性(じょじょうせい)あふれる抱一花鳥画の代表作の一つです。
近世の江戸における新たなやまと絵の表現をお楽しみください。


後嵯峨帝聖運開之図(ごさがていしょううんひらくのず)
冷泉為恭筆 江戸時代・19世紀 岡田かつ子氏寄贈


次にご紹介するのは、平安・鎌倉時代のやまと絵に立ち戻ることを作画理念とした復古やまと絵の作品です。
中でも最も著名な冷泉為恭(れいぜいためちか)の作品をご紹介しましょう。
「後嵯峨帝聖運開之図」には付属の書付があり、それによると、後嵯峨天皇がまだ即位する前、百姓から献じられた米を近習の男女が洗って折敷(おしき)・土器に盛ったところ、亀が現れて寿いだという話を絵画化しているようです。

為恭もまた、多くの古画を模写しやまと絵学習に励んだ人物でした。特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」で10月24日(火)~ 11月5日(日)まで展示していた「伝源頼朝像」(京都・神護寺像)を為恭が模写した作品が、当館に2点残されています。

伝源頼朝像(模本)(でんみなもとのよりともぞう もほん)
冷泉為恭模 江戸時代・19世紀
(注)展示の予定はありません
伝源頼朝像(模本)(でんみなもとのよりともぞう もほん)
冷泉為恭模 江戸時代・19世紀
(注)展示の予定はありません


為恭はまた、特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」で展示している、奈良・春日大社に祀られる神々の霊験を描いた「春日権現験記絵巻(かすがごんげんけんきえまき)」(皇居三の丸尚蔵館収蔵)の模写も制作しているのですが、「後嵯峨帝聖運開之図」にも絵巻からの影響が指摘されており、そうした古画学習の成果が発揮された精緻(せいち)な装束も見どころです。
また、画面をじっくり見てみると、2匹の可愛らしい亀も見つかるはずです。ぜひ会場で探してみてください。


後嵯峨帝聖運開之図(ごさがていしょううんひらくのず)(部分)
冷泉為恭筆 江戸時代・19世紀 岡田かつ子氏寄贈


そして最後の特別2室では、「近世やまと絵と宮廷」と題し、宮廷文化と深くかかわる作品や、京都御所ゆかりのやまと絵を展示しています。


四季草花図屛風(しきそうかずびょうぶ)
「伊年」印 江戸時代・17世紀



四季草花図屛風(しきそうかずびょうぶ)
「伊年」印 江戸時代・17世紀

「伊年」の印は、俵屋宗達の工房「俵屋」の商品に捺された商標的な印章です。宗達だけでなく、俵屋工房の他の画家の作品にも捺されていて、一種のブランドマークとして使われていたと考えられています。
伊年印の草花図屛風は、江戸初期の宮廷における園芸愛好も手伝い、多数の作品が現存しており、「四季草花図屛風」もその一つです(特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」では、現在右隻を展示中)。六曲一双の屛風に、四季折々の草花が絵具の濃淡を変えて華やかに描かれています。
宮内省の中でも宮中調度に関することなどを司った主殿寮(とのもりょう)から引き継いだ作品です。


耕作図屛風(こうさくずびょうぶ)
円山応瑞筆 江戸時代・19世紀


応瑞(おうずい)は、円山派の祖として近代日本画にまで多大な影響を与えた円山応挙(まるやまおうきょ)の長男です。
耕作図は重要な年中行事のひとつとして多く絵画化された画題で、本作でも、金砂子を撒いた画面の中、生き生きと農作業に勤しむ人々の姿が描かれています。
こちらも「四季草花図屛風」と同様、主殿寮(とのもりょう)から引き継いだ作品です。

応瑞の父である応挙は、多大な庇護を受けた円満院祐常(えんまんいんゆうじょう)をはじめとする宮中や公家のサークルとも深く関わっていました。
天皇の住まいである禁裏御所の七度目の造営(寛政度内裏造営)では、京都の町絵師が参加する中、多くの絵師を輩出したのも円山応挙率いる一門でした。
応瑞も父とともに参加し、その後も宮中との関係を築いていきます。
孫の応震(おうしん)が宮廷の依頼を受けて描いた下絵も当館に所蔵されています。


禁中花御殿障壁画下絵(きんちゅうはなごてんしょうへきがしたえ)(部分)
円山応震筆 江戸時代・天保5年(1834)
(注)展示の予定はありません



大嘗会屛風のうち悠紀屛風 嘉永元年度九月・十月帖(だいじょうえびょうぶのうちゆきびょうぶ かえいがんねんど くがつじゅうがつちょう)
土佐光孚筆 江戸時代・嘉永元年(1848)


最後にご紹介するのは、天皇が即位した際に行なわれる大嘗会の際に制作される大嘗会屛風です。京都から東の悠紀国、西の主基(すき)国からそれぞれ一国が選ばれ、その名所を詠んだ和歌と景色を描いたものです。
令和度は、悠紀は栃木県、主基は京都府だったことは記憶に新しいところですが、この屛風は嘉永元年、孝明天皇が即位した際の悠紀国(近江国)の屛風です。
頻繁に展示される作品ではないため、この機会にぜひ御覧いただければと思います。

以上、駆け足で展示作品をご紹介してきましたが、近世やまと絵の魅力はまだまだ語りつくすことはできません。
今回の特集「近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-」で出品している作品は、一般に知られる名品からあまり展示されることのない逸品まで、さまざまな作品を厳選しています。
ぜひ会場で各流派の画家たちが描く近世やまと絵の多様さを体感いただければと思います。
特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」と合わせて、中世から近世への900年に及ぶやまと絵の歴史とその変化を一気にご堪能いただけたら幸いです。
主要作品を載せたリーフレットも、本館インフォメーションにて好評配布中です。
また、今回の出品作品が多く掲載された『東京国立博物館所蔵 近世やまと絵50選 江戸絵画の名品』(吉川弘文館、2023年)も好評発売中です。
合わせてぜひ御覧ください。

 

カテゴリ:絵画「やまと絵」

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posted by 大橋美織(保存修復室主任研究員) at 2023年11月07日 (火)