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「平家納経」の模本

即位礼正殿の儀が行われた10月22日から、東京国立博物館では本館15室で特集「平家納経模本の世界―益田本と大倉本―」が始まりました(~2019年12月8日)。
ここでは、「平家納経」の模本二組を比較しながら御覧いただいています。

「平家納経」(へいけのうきょう)は、嚴島神社(いつくしまじんじゃ、広島県・宮島に所在)に伝わる国宝で、『法華経』ほか全33巻の経巻です。
平安時代・長寛2年(1164)に、平清盛(たいらのきよもり、1118~1181)が嚴島神社に奉納しました。

ほぼ全巻にわたって金箔や銀箔がふんだんに撒(ま)かれ、題箋(だいせん)や軸首(じくしゅ)の金工細工も精緻であり、十二単衣(じゅうにひとえ)の女性の姿や極楽浄土の様子が色鮮やかに描かれています。
さらに、平清盛直筆の願文、平頼盛(たいらのよりもり、清盛の弟、1133~1186)の書など、見どころがたくさんある、装飾経の代表といえます。

さて、大正9年(1920)、「平家納経」の保存状態を憂慮した嚴島神社の宮司が、副本(複製本、模本)を作ってほしいと依頼しました。
依頼を受けた高橋箒庵(たかはしそうあん、義雄、1861~1937)と益田鈍翁(ますだどんおう、孝、1848~1937)が、当時の財界人・数寄者から資金を集めます。
そして、田中親美(茂太郎、1875~1975)が5年かけて模本を制作しました。



 
(上)平家納経 厳王品 第二十七(模本)益田本(部分) 田中親美模写 大正~昭和時代・20世紀
(下)平家納経 厳王品 第二十七(模本)松永本(部分) 田中親美模写 大正~昭和時代・20世紀 松永安左エ門氏寄贈
原本=国宝・嚴島神社所蔵 平安時代・長寛2年(1164)


大正14年(1925)、完成した一組33巻を嚴島神社に奉納し、同時に作ったもう一組33巻を田中親美は手元に残します。
その手元の一組からさらに作ったのが、益田家旧蔵の一組(益田本、当館所蔵)と、大倉家旧蔵の一組(大倉本、大倉集古館所蔵)です。
「厳王品」1巻のみは別に作ったようで、当館には松永耳庵(まつながじあん、安左エ門、1875~1971)寄贈の「厳王品」があります。
展示では、「厳王品」のみ、益田本、松永本、大倉本と3巻ならべました。壮観です!




平家納経 宝塔品 第十一(模本)益田本(紙背・部分) 田中親美模写 大正~昭和時代・20世紀
原本=国宝・嚴島神社所蔵 平安時代・長寛2年(1164)


「平家納経」は、表だけでなく、裏(紙背<しはい>)も華麗な装飾が施されています。
田中親美はそのため、「33巻でなく、66巻作った」と述べています。




平家納経 平清盛願文(模本)益田本(部分) 田中親美模写 大正~昭和時代・20世紀
原本=国宝・嚴島神社所蔵 平安時代・長寛2年(1164)


模本は、田中親美一人ではなく、家族や弟子も手伝ってみんなで作りました。ただ、書だけは、すべて親美が一人で写したそうです。
この平清盛の願文も、大らかで品格のある清盛の書を見事に再現しています。原本の写真を、前や横、下に置いて、何度も何度も見ることで書を目に焼き付けて、そして筆を動かしたそうです。

「平家納経」原本そのものが、平安時代末期の技術の粋を結集して作られた唯一無二の装飾経ですが、それをここまで再現されようとは、平清盛も予想しなかったでしょう。

益田本と大倉本を比較しながら、原本のすごさと模本のすごさを同時に感じてください。

 

特別展「三国志」チラシ

特集 平家納経模本の世界―益田本と大倉本―
2019年10月22日(火)~2019年12月8日(日)
本館15室(歴史資料)

図録
『田中親美制作 平家納経模本の世界―益田本と大倉本―』
700円+税 ミュージアムショップで発売中

 

カテゴリ:研究員のイチオシ書跡

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posted by 恵美千鶴子(百五十年史編纂室長) at 2019年10月31日 (木)