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藤壺のおもかげ
京都では、先(さき)の戦争といえば、応仁の乱のことを指すという逸話があります。
これについて、「なんぼ京都人でもそんなことあらへん、普通は蛤御門(はまぐりごもん)の変のことや」という意見もあります。
それはともかく、応仁の乱というのは、確かにかつての宮廷ではトラウマのように見なされたほどの出来事でした。
平安京に遷都してから数百年ののち、武家が権勢をふるうようになると、勢力をうしなった公家は宮廷でほそぼそと儀式や行事を繰り返すばかりとなりました。
そこへ京都市中を焼きつくす応仁の乱が起こると、ついには格好ばかりの宮廷行事さえも途絶えてしまったのでした。
あいつぐ戦乱のなかで、公家たちは記録や口伝(くでん)によって宮廷文化を伝承し、『源氏物語』のような古典のなかに在りし日の宮廷の栄華を追憶したのでした。
今日のわれわれが、今なお戦前とか戦後というように、かつての宮廷には乱前や乱後という言葉があったほど、応仁の乱というのは時代を区切るキーワードだったのです。
やがて乱世が終わり、江戸時代になると、公家たちは途絶えてしまった宮廷文化を再興するようになります。
葵祭(あおいまつり)の名で知られる賀茂祭(かもさい)などが再興されました。
なかでも注目すべきは、平安時代の寝殿造(しんでんづくり)の建築様式で宮殿を再興したことです。すでに寝殿造の空間は実用的でなくなっていましたが、古式に則(のっと)った儀式を行なうのに必要な宮殿に限って再興したのです。
これが現在の京都御所につながります。
宮廷に関する知識の集積を有職(ゆうそく)と申しますが、京都御所や葵祭などは、そういった蘊蓄(うんちく)の成果なのでした。
京都御所を出発する葵祭の行列
このたびの特集「京都御所 飛香舎(藤壺)の調度」(本館14室 2018年10月2日[火]~12月25日[火])では、その京都御所の飛香舎(ひぎょうしゃ)に伝わった調度を陳列いたします。
飛香舎は宮廷のなかでも、女性が暮らす後宮(こうきゅう)の宮殿のひとつで、中庭に藤を植えていたので、別名を藤壺(ふじつぼ)と申しました。光源氏(ひかるげんじ)が追い求めつづけた女性である藤壺宮(ふじつぼのみや)の由来となった宮殿です。
これらの調度は、江戸時代に飛香舎の再興とともに作られたものですが、有職によって古い形式を伝えています。
寝殿造の空間にふさわしい華奢な形式で、梨子地(なしじ)に蒔絵螺鈿(まきえらでん)で表わした松喰鶴(まつくいづる)の文様を散らした優美な装飾がなされています。
松喰鶴蒔絵螺鈿二階棚 江戸時代・19世紀
上下段の棚板をもつ二階棚。上段には火取(ひとり。香を焚く器)と泔坏(ゆするつき。整髪水の容器)、下段には唾壺(だこ。唾を吐く壺)と打乱箱(うちみだればこ。整髪具を入れる箱)を置きます。それぞれの道具の形式や配置については古制が調査されました。
この雅趣ある調度を御覧になって、「いづれの御時(おほんとき)にか、女御(にょうご)・更衣(こうい)あまたさぶらひたまひける」と語られた後宮のようすに想いをはせていただければと思います。
![]() ![]() 本館14室 特集展示の様子 |
特集「京都御所 飛香舎(藤壺)の調度」 本館 14室 2018年10月2日(火)~12月25日(火) |
| 記事URL |
posted by 猪熊兼樹(特別展室主任研究員) at 2018年10月05日 (金)
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