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多宝格が象徴する乾隆帝コレクション-収集と「倣古」の意味-

故宮収蔵品の大部分は、中国歴代の皇帝が収集したコレクションを受け継いだもの。
皇帝コレクションは、4千年以上前の新石器時代から各時代・王朝を代表する文物とともに、後世それにならって作った「倣古(ほうこ)」のものから構成されています。
そこで、特別展「台北 國立故宮博物院ー神品至宝ー」の会場には、さまざまな時代の文物と倣古の作品を並べて展示した「倣古コーナー」を3箇所設けました。

 犠尊
(左)犠尊(ぎそん、元~明時代・13~14世紀)は、(右)犠尊(戦国時代・前4~前3世紀)の倣古

青磁弦文瓶
(左)青磁弦文瓶(せいじげんもんへい、清時代・18世紀)は、(右)青磁輪花鉢(せいじりんかはち、南宋時代・12~13世紀)のような南宋官窯青磁の倣古

文王玉方鼎
(左)文王玉方鼎(ぶんのうぎょくほうてい、清時代・乾隆年間(1736~95))、(右)文王方鼎(明時代・15~16世紀)ともに文王方鼎の原器(西周時代・前11世紀 現存せず)の倣古

中国の伝統的な価値観では、過去、とくに殷周時代(前16-前3世紀)以前は単なる過去ではなく、徳のある王や賢人が理想的な政治をおこなった神聖な時代とみなされてきました。
倣古は先人の崇高な精神やいにしえの理想世界を少しでも体現しようとして作られたのです。
清の乾隆帝(けんりゅうてい、在位:1735~95)は、歴代皇帝のなかでも、過去の文物の蒐集のみならず、倣古の制作にもっとも心血を注いだ人物のひとりとして特筆されます。
その乾隆帝コレクションの縮図ともいえる象徴的な作品があります。
紫檀多宝格(したんたほうかく)です。

約25センチ四方の小さな紫檀製の箱に、30点もの文物が整然と収納されています。
一体どのように中身を収めているのでしょうか。
その仕掛けは圧巻。

紫檀多宝格 紫檀多宝格
左:紫檀多宝格 清時代・乾隆年間(1736~95)
右:各側面の窓枠をスライドさせて取り外します


紫檀多宝格 紫檀多宝格
左:各側面の右半分に仕込まれた棚が回転しながら出てきます
右:底の台のなかにも整然とミニチュアの文房具を収納


側面を飾る書画は、いずれも宋元を代表する作家にならって作らせたもの。
箱の中身は大部分が青銅器・玉器・陶磁器・文房具など中国のさまざまな時代・材質の文物で占められています。
乾隆帝がもともと所蔵していたものと、新規に作らせたミニチュアの倣古に分けることができます。
たとえば、ある瓶の外面底部には北宋・徽宗(きそう、在位:1100~25)の元号である「宣和(せんな)」の銘をもつものがあります。

紫檀多宝格の白磁瓶
多宝格に収納された「宣和」銘の瓶

これは北宋の磁器にならって乾隆帝が作らせた倣古です。
乾隆帝は「東洋のルネッサンス」とも評される徽宗の文化事業[過去記事「徽宗コレクションから乾隆帝コレクションへ-故宮文物に出合う喜び-」を参照]を強く意識していました。

出土品・伝世品を集め、倣古を作って補完した歴代名品のコレクションは、先人の理想的なおこないを敬慕し、その文物を受け継ごうとする中国の皇帝にふさわしいものです。
実際の文物のほかに倣古のものを加えて、皇帝コレクションの何たるかを視覚化してみせた多宝格。
冒頭に紹介した3箇所の倣古コーナーは、この多宝格につづく伏線でもあるのです。

しかし、この多宝格のなかには、中国以外の地域のものも含まれています。
たとえば、ルビーの嵌めこまれた指輪は、その代表的なものです。

ルビーの指輪
多宝格に納められているルビーの指輪。ルビーは東南アジア産のものと推定されます

また、この青銅製の水差しは、西アジアから中国北方草原にかけて騎馬民族が使用した棍棒頭を上下逆さにして転用したものと考えられます。
孔にはもともと木製の柄が挿しこまれ、打撃用の武器として使われました。

青銅製水差しと杓 青銅製棍棒頭
左:棍棒頭から転用されたと思われる青銅製水差しと杓(手前)
右:青銅製棍棒頭(東京国立博物館所蔵 TJ-3909 径4.7、高3.1センチ 年代不詳) ※この作品は展示されていません

多宝格のなかに収められた古今東西の文物には、従来の中華世界の枠を越えて、その外側に広がる世界にも目を向けた乾隆帝の真骨頂を見てとることができます。

徽宗コレクションではじまる本展の会場は、この多宝格の周囲に実際の乾隆帝コレクションを配した空間でクライマックスを迎えます。
乾隆帝が作らせた倣古の器物や、中国の歴代王朝の文物に刻ませた詩には、中華世界の伝統文化を受け継ぐだけでなく、再編しようとする野心さえうかがえます。

鷹文玉圭 表面に刻まれた乾隆帝の詩
左:鷹文玉圭(ようもんぎょくけい、新石器時代(前2500~前1900年))
右:同作の表面に刻まれた乾隆帝の詩


一方、タイ国王から献上された金葉と螺鈿漆器の箱などには、中華世界の外側にも関心を寄せていた乾隆帝のスケールの大きさがうかがえます。

シャム金葉表文
シャム金葉表文(きんようひょうもん)は、シャム(タイ)のタークシン王(在位:1767~82)の使節が乾隆帝に上程した金の文書。奥の螺鈿漆器はその容器

会場ではこうした乾隆帝ならではのコレクションの数々を、その縮図ともいえる多宝格の周囲に配し、さらにこの展示空間をまるごと巨大な造作物で覆いました。

多宝格造作

この造作物は周囲が四角い箱状で、中央上部に緑色の円形の装飾がついています。
これが何の形を表しているか、おわかりでしょうか。

そう、多宝格です。

俯瞰した多宝格再現展示(イメージ) 俯瞰した多宝格
左:俯瞰した多宝格再現展示(イメージ)
右:俯瞰した多宝格


多宝格に象徴される乾隆帝コレクションは、中国の歴代皇帝コレクションの集大成であると同時に、従来の皇帝コレクションの枠を超えた壮大なスケールをもつものでもあります。
その特異な歴史的意義に、多宝格の「現代版倣古」ともいえるこの展示空間で少しでも触れていただけましたら幸いです。

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 川村佳男(平常展調整室 主任研究員) at 2014年09月04日 (木)