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西域の美術「二菩薩立像幡」の見どころ

秋の特別公開に際し、東洋館3室 西域の美術では「地蔵菩薩像幡」「菩薩立像幡」「二菩薩立像幡」の3点が展示されます。

西域の美術
(左)地蔵菩薩像幡 中国・敦煌莫高窟蔵経洞 ペリオ探検隊将来品 唐時代・9世紀 ギメ美術館交換品
(中)菩薩立像幡 中国・敦煌莫高窟蔵経洞 ペリオ探検隊将来品 唐時代・9世紀 ギメ美術館交換品
(右)二菩薩立像幡 中国・敦煌莫高窟蔵経洞 ペリオ探検隊将来品 五代~北宋時代・10世紀 ギメ美術館交換品
いずれも東京国立博物館蔵。秋の特別公開(2013年9月18日(水)~9月29日(日))にて公開。

はじめに、幡(ばん)について説明しましょう。
幡とは仏殿内の柱や天蓋、高座に掛けたり、堂外に掲げたりする荘厳具(しょうごんぐ)の一つです。
幡の形態は幡頭・幡身・幡手・幡足からなります。幡頭は三角形、幡身は長方形で、その左右に幡手を、また下の縁に幡足をそれぞれ着けます。
幡頭には釣鐶(ちょうかん)をつけ龍頭の顎に掛けるのです。その光景はまるで大きなイカを干しているかのようです。

つぎに、なぜ敦煌にあったこれらの作例が当館の所蔵になったのか、簡単に説明しましょう。
1900年、中国の甘粛省 敦煌莫高窟から、これらの作例をはじめ絵画や経典、文書などが大量に発見されました。後にそれらが発見された敦煌莫高窟の洞窟は蔵経洞(第17窟)と名付けられます。
1908年、フランス人東洋学者ポール・ペリオは敦煌莫高窟を訪れると、蔵経洞の内部に収められていた品々に対する調査、収集を行いました。
ペリオがフランスに持ち帰った資料のうち、経典や文書類はフランス国立図書館に、絵画はギメ美術館に収蔵されます。
そして1981年、これらの作例はギメ美術館交換品として当館の所蔵となったのです。

最後に、明日9月19日(木)の列品解説で私が取り上げる「二菩薩立像幡」について説明しましょう。
私はこれがはたして本来的に幡といえるのかと考えています。
『列品記載簿』という館蔵品に関する博物館の記録を見ますと、実はこの作例がギメ美術館から当館に移された際、「二菩薩立像」と記され、「幡」とは書かれていませんでした。
この作例は寸法が縦167.5cm×横132.0cmと大きく、麻布2枚を縫い合わせてつくったものです。また上方の縁には、あたかものれんに棒を通すための「チギレ」のような部分、すなわち「羂(わな)」が縫いつけられています。
周囲を墨で四角形に縁取った中に、菩薩立像2尊を大きく描き、その下に男女の供養者6人を配置しています。

二菩薩立像幡 ちぎりと縁取り
二菩薩立像幡の羂(わな)と縁取り

私はこの作例を、洞窟の内外を荘厳(しょうごん)した道具としての幡でなく、礼拝対象としての尊像画ではないかと考えています。
第一の理由は、幡とみなす根拠と考えられてきた、「羂」や縁取りをもった尊像画が、大英博物館やギメ美術館に所蔵される敦煌絵画に多数認められることです。
大英博物館所蔵の「観世音菩薩像」(北宋時代 開宝4年(972))、「観世音菩薩像」(北宋時代 太平興国8年(983))、そしてギメ美術館所蔵の「釈迦説法図」(北宋時代 10世紀後半)、「不空羂索観音菩薩図」(北宋時代 10世紀後半)には、絵画でありながら「羂」が認められます。

第二の理由は、幡として知られる図像に、供養者像を描き込む作例が見られないことです。
いっぽう、先述の大英博物館所蔵の二つの「観世音菩薩像」、そしてギメ美術館所蔵の「不空羂索観音菩薩図」のほか、ギメ美術館所蔵の「幡を持つ観音菩薩立像」2面(五代時代~北宋時代 10世紀)などには供養者像が描かれていますが、幡の形態をなしていません。

第三の理由は、幡本来の使い方から見て、この幅の広い絵を竿に吊るして、練り歩く、あるいは天蓋に吊すなどの使用が考えがたいからです。
例えば、先述のギメ美術館所蔵の「幡を持つ観音菩薩立像」のほか、敦煌莫高窟第172窟東壁北側壁画文殊菩薩図(盛唐 8世紀)、第9窟東壁北側壁画文殊菩薩図(晩唐 9世紀半ば~10世紀初め)、ギメ美術館蔵の「引路菩薩図」(五代時代 10世紀)などでは幡を竿に吊して持っている、また敦煌莫高窟第332窟南壁上部壁画涅槃変相(初唐 7世紀)では龍頭の顎に幡を吊す、そして敦煌莫高窟第302窟前室南壁画仏説法図(隋時代 6世紀末~7世紀初め)や第305窟西壁北側壁画仏説法図(隋時代 6世紀末~7世紀初め)では天蓋に幡を吊す図像が見られ、当時の敦煌における幡の使い方を知ることができます。
いずれも細長い幡がひらひらと風に翻るように描かれます。

以上の三つの点から見れば、「二菩薩立像」を幡と見ることは難しいと考えます。

この絵は公開後、修理される予定で、しばらくの間見ることができなくなります。
ぜひこの機会にこの絵画をお楽しみください。

秋の特別公開 江戸琳派の粋 酒井抱一 「夏秋草図屏風」など9件を、2週間限定で公開
2013年9月18日(水)~9月29日(日)

列品解説
「秋の特別公開 西域美術鑑賞入門」
2013年9月19日(木)   14:00 ~ 14:30 東洋館3室
講師:勝木言一郎(出版企画室長)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ秋の特別公開

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posted by 勝木言一郎(出版企画室長) at 2013年09月18日 (水)