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江戸時代が見た中国絵画(1) “国家”を超える名画・馬遠「寒江独釣図」

個人的なことで恐縮ですが、2年半前、関西の美術館から東博に移ってきて、驚いたことがあります。大正時代に集められた関西の中国書画コレクションは、「新渡り」と呼ばれる20世紀以降に伝来したものが多く、それはコレクションの主導者・内藤湖南が考えた“正統”な中国絵画を中心に集められたものでした。東博では戦後に寄贈いただいた高島、林、青山コレクションが、この“正統”な中国絵画の系譜に属しています。私自身、数年前までは「新渡り」こそが中国絵画の“正統”だと信じて疑わなかった、いわば「新渡り」信者だったのですが、東博には、それ以外の重要な中国絵画のグループがあることに気づき、自分の視野の狭さを改めて反省するとともに、これらの作品の価値について考えるようになりました。
 

展示風景
展示では作品の前に箱や付属品を一緒に展示し、「中国的解説」と「日本的解説」の2つをつけ、中国と日本での伝来の歴史がわかるようにしました。

それは立派な金襴表具をたてまわし、二重箱、三重箱に納められ、ある時期まで日本の中国絵画の“正統”だった作品です。しかし19世紀末以降、日本人が本土にある“ほんもの”の中国絵画に触れることが出来るようになると、いわば“亜流”として理解されるようになってしまいました。実際これら日本伝来の“中国”絵画は、現在本場の“中国絵画史”からはこぼれ落ちてしまいがちです。しかし正統性の主張が時として多数者の恣意的な押しつけにすぎないように、“正統”と“非正統”の境界も再考する余地がありそうです。


重要文化財 寒江独釣図  伝馬遠筆 南宋時代・13世紀
重要文化財  寒江独釣図  伝馬遠筆  南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵、右は画絹の拡大。
中国画絹が上下で二枚に切れているのがわかります。

例えば馬遠「寒江独釣図」という作品があります。昨年、本格修理が行われ、絹が上下で切れていることが確認されました。日本では、床の間や茶室での鑑賞に合うように、大きな中国絵画を小さく切ることはよく行われており、「寒江独釣図」もそのような伝来の過程で切り取られた可能性が高いと言えます。
しかし、この「切り取られた」ことで、かえって画面には、静かな水面で釣糸に精神を集中させる人物の、厳しい精神性や内面の孤高までもが表現されていることがわかります。
作られたのは“中国”でも、作品によって最も重要な構図は日本によって作り出されたものであったとしたならば、「寒江独釣図」は、“中国”絵画なのでしょうか、“日本”絵画なのでしょうか?
19世紀以来、東アジアにも近代的な“国家”ができ、人間はどこかの国の「国民」になっていきますが、ある作品も“文化財”になり、所属と国籍が定められていきます。「寒江独釣図」はそのような、国家概念が出来る前の作品が持っていた、“国境”や“正統性”を軽々と越えていくような、文化の豊かさを教えてくれるかもしれません。


重要文化財 寒江独釣図  朱端筆  中国  明時代・16世紀  東京国立博物館蔵
重要文化財 寒江独釣図  朱端筆  中国  明時代・16世紀  東京国立博物館蔵(5月19日(日)まで、東洋館8室で展示)
仮想ですが、一部分を切り取ると、内面の孤高を表現する「寒江独釣図」のような構図になりますね。



馬遠「寒江独釣図」には、東博に4件の模写が所蔵されています。三重の箱と美しい更紗につつまれ、室町時代以来の日本人が大切に守ってきたことも分かります。作られたのは“中国”(南宋)でも、それよりももっと長い600年近くを“日本”で過ごし 、作品は徐々に日本歴史の一部になっていったと言ってもよいでしょう。
 

寒江独釣図をつつむ三重箱
「寒江独釣図」をつつむ三重箱。(伝)元信、(伝)探幽、養信の模本と、栄信の箱書が付属し、狩野家歴代の歴史が一幅の作品の内外に凝縮しているようです。

今回、館内の日本絵画史や書跡、保存修復の専門家の多くの教導のおかげで、作品を鑑賞する際、クローズアップされがちな「作った人」だけではなく、それに加えて「伝えた人」の意味を考えてみる展示が出来たことを、心より嬉しく思います。



蘆鵜図 林良筆 中国 明時代・16世紀 東京国立博物館蔵
箱書きは水戸藩主徳川斉脩。立派な竹箱で、夫人である峰姫遺愛の品だったこともわかります。



重要文化財 離合山水図 (伝)高然睴筆、杜貫道賛 中国  明時代・14世紀 東京国立博物館蔵
重要文化財 離合山水図 (伝)高然睴筆、杜貫道賛 中国  明時代・14世紀 東京国立博物館蔵
二つで一つの画面になる「離合山水」の名品として知られるこの作品は、添状によれば、三井家が分家するときにそれぞれの家に分け与えもの。
ちなみに、「高然睴」という画家は中国の歴史書には存在せず、日本人が作り出した架空の画家であろうと言われています。


室町時代に伝来した作品を「古渡り」、江戸時代に伝来した作品を「中渡り」と言うこともありますが、今回展示しているのはこの「古渡り」「中渡り」の作品たちです。普段はめったに公開されない付属品や作品伝来の歴史を通じて、名品の魅力と共に、それを伝えた人や社会の重要性を感じていただけましたら幸いです。

特集陳列「江戸時代が見た中国絵画」は、6月16日(日) まで、本館 特別1室・特別2室にて開催中です。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ

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posted by 塚本麿充(東洋室研究員) at 2013年05月19日 (日)