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お正月こそ江戸の粋、江戸の洒落(予告!特集陳列「天翔ける龍」2) 

連載第2回は、東京国立博物館140周年記念特集陳列「天翔ける龍」(2012年1月2日(月・休)~1月29日(日))に展示される作品のご紹介です。
今回は全77件のうち、あらかじめ知っていると楽しめる、
江戸時代の作品2件を選びました。

まずはこちら、火事襦袢。
江戸時代の火消しは、吸水性に優れた木綿の刺子の襦袢を着て
火事の現場に駆けつけました。
じつはこれ、リバーシブル。表裏でずいぶん雰囲気が違います。

火事襦袢   黒木綿地波に雨龍模様刺子
火事襦袢   黒木綿地波に雨龍模様刺子 江戸時代・19世紀

火消しが現場に向かう時には刺子が施された黒い面を、
鎮火して揚々と帰ってくるときには誇らしげに翼のある応龍を描いた面を表にしました。
龍や波など水にゆかりの深い模様は、火が消えるようにと縁起を担いだのでしょう。
デザイン、使い道、そこにこめられた願い。まさに江戸の粋ですね。


続いてご紹介するのは、江戸のカレンダー。
江戸時代の暦は現代とはことなり、月の満ち欠けを基準にしていました。
新月の日を毎月の一日とし、1ヶ月が30日の“大の月”、29日の“小の月”があり
何月が大の月かは毎年変わっていました。
そこで江戸時代には新年、はがき大程度のカレンダーを交換していたのです。
そのカレンダーは、現代の私たちの慣れ親しんだカレンダーとは異なり
何月が大の月か、あるいは小の月かを、まるで暗号のように絵のなかに表し
読み解きを楽しみながらその年の月の大小を知るというもの。
これがいわゆる大小絵暦。
辰年の大小絵暦には、龍をデザインしたものもたくさんありました。


たとえばこちら。

大小暦類聚 辰年
大小暦類聚 辰年 江戸時代・18世紀より

カレンダー?と首をかしげたくなりますね。でも月の大小を示す絵暦です。
大の月が何月かが、どこに示されているのかわかりますか?
ぐぐぐっと寄ってみましょう。



そう、ここです。こんなところに文字が隠れていました。
龍の彫刻をする際の削りくずが文字になっているのです。
龍の左前脚奥に「大」の字が見えます。
つまり、この年の1(正)、2、4、6、7、9、11月が大の月。
天明4年(1784)の暦です。


それでは皆さん、こちらの絵暦を読み解いてみませんか?

大小暦類聚 
大小暦類聚辰年 江戸時代・18世紀より


上記画像部分

四角い印をみると、この暦は寛政8年(1796)の暦だとわかります。
丸い印には「銀漢よりも上は大、下は小」とあります。
「銀漢」が「天の川」だということがヒント。
わかった方は他の人には教えず、まだ黙っていてくださいね。
さあ、印から絵に目を移しましょう。
天の川の上下に星座のようなものが描かれています。
それぞれの星座を構成する星の数を数えてみると。
天の川より上に描かれた星座の星はそれぞれ2、4、7、9、11、12個。
もうわかりますね、寛政8年の大の月は2、4、7、9、11、12月です。

暦としての使いやすさよりもユーモアや頓知にあふれたデザインを競い、
その発想を楽しんでいたのでしょう。
大小絵暦には江戸の洒落がつまっているのです。

今回ご紹介した作品はどれも決して有名な作品ではありません。
けれども、江戸の粋や洒落にあふれた日常を伝える作品に私は心惹かれ
気づけば想像しているのです。
火事場から誇らしげに戻る火消しの姿、その火消しに憧れる子どもの眼。
年の暮れ、絵暦のデザインに悩むひとの後姿、読み解けずに悔しがるひとの表情。
年明けの雑踏に響く人々の明るい笑い声のなかに
こうした展示作品があったのかもしれない、と・・・
「龍」を集めた特集陳列で、江戸を感じるというのはどこか不思議ですが
龍のかたちをみるだけではなく、当時の様子やこめられた思いにも
注目してほしいと思い、あえてこの2件を紹介しました。
ほかにも様ざまな作品を展示します。
東博で迎える辰年。12年に一度のチャンスです。
ぜひお楽しみください。

カテゴリ:博物館に初もうでトーハク140周年

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posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2011年12月17日 (土)