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興福寺北円堂諸像のX線CT調査

現在、本館特別5室にて開催中の特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」では、鎌倉時代に復興された当時の興福寺北円堂内陣を再現する試みとして、7軀(く)の国宝仏をご覧いただけます。


特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」会場風景
(左から)世親菩薩立像、弥勒如来坐像、無著菩薩立像 すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置

弥勒如来坐像、無著(むじゃく)・世親(せしん)菩薩立像は現在も北円堂に安置されますが、四天王立像は現在中金堂(ちゅうこんどう)に安置され、長年本来の安置場所が議論されてきました。これまでの研究により、中金堂の四天王像が、本来は北円堂に安置された可能性が有力視されており、このたび、同じ展覧会場で一緒にご覧いただけることとなりました。
ところで、日頃は寺社のお堂で信仰を集める仏像にとって、展覧会や修理といったタイミングは、貴重な調査研究の機会でもあります。調査といえば、メジャーで寸法を計測したり、間近にじっくり観察して調書をとったり・・・という光景を想像されるかもしれません。これらはもっとも基本となる大切な作業ですが、さらに近年注目されているのがX線CT撮影です。物質を透過するX線の特質を利用した分析手法で、医療用CTが有名ですが、外からは見えない内部を観察するという目的では、もちろん文化財にも有用な技術です。従来のX線撮影では、レントゲン撮影のように一方向の情報がすべて重なってしまいますが、CTは、対象となる物質に360度の方向から照射されたX線をコンピュータ上で計算し、3Dデータが生成されるため、対象を立体的に把握できる利点があります。


X線CT撮影装置

ただし、国内に設置された文化財用CTはまだまだ限られており、当館は大型CTを保有する数少ない施設として、館蔵品のみならず、展覧会等で文化財を借用する機会を利用して、積極的にCT撮影を実施しています。2017年に当館で開催した運慶展では、無著・世親菩薩像と四天王像をご出陳いただけたため、当時CT撮影を行ないました。残る弥勒如来像は、昨年度の修理中に奈良国立博物館で撮影がかない、さらにこのたび当館でも撮影することができました。これで7軀すべてのCTデータが揃ったことになります。
CTでわかることに、たとえば部材の接合箇所や木目、材質の違いがあり、構造や制作技法の理解に欠かせません。また、亀裂や虫損、朽損(きゅうそん)等も明らかとなるため、保存状態の把握にも有益です。いずれも、基本的には材質によってX線の透過率が異なる性質を利用しており、X線を通しにくい材質ほど白く映るため、その濃淡や連続性で判断します。
これは従来のX線撮影と同じですが、立体的な把握ができる点で得られる情報量は飛躍的に増大しました。たとえば、四天王立像のうち広目天(2017年運慶展開催およびCT撮影時の名称は増長天ですが、その後現在の名称に変更されました)の垂直方向の断面を見てみましょう。頭部と体部、それぞれ中央に線が見えるため、左右に木材を接合することがわかります。(体は広く内部をくり抜く内刳(うちぐ)りをして像内が空洞になるためわかりにくいですが)

四天王立像(広目天) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

同X線断層(CT)(撮影時の名称「増長天」)(作成:宮田将寛)

次に、肩辺りで輪切りにした水平方向の断面図を見ると、木目のつながりがはっきり見えます。

同X線断層(CT)(撮影時の名称「増長天」)(作成:宮田将寛)

体部は、頭部と首も含んで太い角材2本を左右に接合して彫刻されており、首は後で彫りやすいように木材を割っていることがわかります。さらに、太い角材に木心(もくしん)が残っている点も重要です。木心があると木が割れやすくなるため、通常はなるべく避けて使います。2017年の撮影で驚かれたのは、無著・世親菩薩立像、四天王立像のすべてにおいて、根幹となる角材に木心が含まれていたことです。

世親菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置 X線断層(CT)(作成:宮田将寛)

四天王像は本来の安置場所がわかっていませんが、この6軀いずれも木心を残して彫刻される点が共通することは、北円堂安置説を補強する大きな材料になりました。さらに、このたびの弥勒如来像CT撮影の結果、やはり木心が含まれる材木を使用していることが判明しました。CTでわかる7軀の共通点は木心だけではありません。いずれも像内を刳(く)り抜いて内刳りを施しています。運慶の仏像は、見えない像内まで丁寧にさらって平滑に整えることが多いのですが、この7軀はいずれも鑿跡(のみあと)が残っており、粗く仕上げたままです。弥勒如来像は、体部は比較的滑らかですが、頭部内にはやはり鑿跡が確認できます。

弥勒如来坐像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置

同X線断層(CT)(提供:奈良国立博物館)

 

良材とはいえない材木を使わざるをえず、像内を丁寧に仕上げる余裕もなかったのでしょうか。寺内全域が焼亡の憂き目に遭い、復興事業が難航していた当時の様子がうかがえる側面もあるかもしれません。ここでは細かくご紹介することができませんでしたが、弥勒如来像を含むCTデータは特別展図録に掲載しております。


特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』公式図録

さらに詳しくご覧になりたい方は、当館発行の『MUSEUM』(東京国立博物館研究誌)をご参照ください。2017年の運慶展で撮影したすべてのCT報告をご覧いただけます。(無著・世親菩薩立像、四天王立像はこのうち696号に掲載)

 

「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告」『MUSEUM』696号、2022年2月

「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告II」『MUSEUM』703号、2023年4月
(注)『MUSEUM』は当館ミュージアムショップでお求めいただけます。各号の在庫の有無については、ミュージアムショップ(03-3822-0088)までお問い合わせください。

 
文化財を輸送、展示することは大きなリスクをはらみますが、多くの方に間近にご覧いただき、その大切さを実感いただく貴重な機会であるとともに、この時にしかできない調査研究の千載一遇の機会でもあります。展覧会の舞台裏で行われる、こうした取り組みにもご注目いただければ幸いです。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ彫刻「運慶」

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posted by 西木政統(彫刻担当研究員) at 2025年10月29日 (水)