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特別デジタル展「故宮の世界」の魅力紹介(2)――故宮学

今年は日中国交正常化50周年の節目に当たるので、これを記念して特別デジタル展「故宮の世界」を開催いたします。
近年のコロナ禍により、海外から作品をお借りする展覧会の開催については、国内外の諸事情に影響される困難が伴うのですが、このたびは北京の故宮博物院と凸版印刷が長年にわたって共同で開発されてきたデジタル・アーカイブを利用させていただいて展覧会を開催することとなりました。

展覧会の構成は2章立てで、第1章「デジタル故宮博物院」では紫禁城(しきんじょう)の世界観や故宮の文物(ぶんぶつ。日本でいう文化財)をデジタル・データによって展示し、第2章「清朝宮廷の書画と工芸」では清の皇帝の愛蔵品や清時代の工芸品などを展示します。これらの展示を通じて、在りし日の紫禁城に想いを馳せていただきたく思います。

東京国立博物館の研究員として働きがいを感じることは沢山ありますが、そのひとつが海外の博物館との交流です。
東博と故宮とは長らく友好関係が続いていますが、私自身については、ちょうど10年前に当館で特別展「北京故宮博物院200選」を開催したのが交流を深めるきっかけでした。展覧会の準備にじっくり時間をかけたので、故宮の研究員と親しくさせていただいたのでした。

当時は鄭欣淼(ていきんびょう)院長が「故宮学」というのを提唱されており、そのさわりを故宮の研究員から門前の小僧のように教えていただきました。その内容については、私の解釈も入ってしまって正しく伝えられるか分かりませんが、故宮の宮殿や文物などについて、個別の建築や作品として捉えるのでなく、かつて紫禁城のなかでどのような論理・価値観・美意識などのもとに機能していたかを有機的に把握する、というもののように理解しました。その時点では、やや理論先行のようで、故宮の研究員のあいだでも見解の相違やとまどいがあったようにも思われました。私も自分自身の研究テーマと重なるところがあり、この故宮学の先行きについて大いに関心を寄せていたところ、はたしてその成果のひとつでしょうか、2019年に故宮の午門(ごもん)で「賀歳迎祥(がさいげいしょう)」という展覧会が行なわれました。


故宮博物院の特別展「賀歳迎祥」
かつて紫禁城では、正月のあいだは彩灯という色鮮やかな灯籠が懸けられていた様子を再現しています。解説文には、彩灯に関する宮廷の規定が説明されていました。

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これは紫禁城の正月行事を紹介した展覧会ですが、従来なら芸術品とか生活用品などと別々に分けられてきたような、さまざまな文物がひとつのテーマのもとで展示されていました。また、宮殿にも装飾を施して、宮殿をただの建築物としてではなく、かつての生活空間として紹介する意図を感じました。


乾清宮の万寿灯
紫禁城の内廷の正殿である乾清宮(けんせいきゅう)。乾清宮の前面には丹陛(たんへい)というバルコニーが広がり、正月になると、ここに万寿灯(まんじゅとう)という天下太平を祝う言葉を書き連ねた装飾品を立てました。

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あるいは家具館では、展示品の家具にホログラムの乾隆帝が腰かけるというような工夫もありました。


家具館のホログラム展示
故宮博物院の家具館では、ホログラムを利用して、文人すがたの乾隆帝に扮装した人が実物の寝台に腰かける様子が映写されていました。これは「是一是二図」という絵画に取材した展示です。

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そのように故宮では、さまざまな方法で紫禁城を紹介されているのですが、さらに近年ではデジタル技術を生かした展示にも取り組んでおられます。
さて、このたびの特別デジタル展については、故宮や凸版印刷とも意見を交換しながら展示を作りました。なかでも北宋の王希孟(おうきもう)が描いた名画「千里江山図(せんりこうざんず)」のデジタル展示は見どころで、高さが約3メートル、幅が約22メートルの大画面に映しだされる青緑山水(せいりょくさんすい)の世界に没入するという趣向を凝らしています。
普通であれば、山水画巻を鑑賞するにあたって脳内で想像するような景色が、そのまま眼前に展開されるという素晴らしい空間ができたと思っています。


「千里江山図」のデジタル展示
繰り返し観ていると、次々に現れる山岳や河川の展開のうちに、なじみある交響曲のような旋律が見えてきて、レガートやクレッシェンドなどを感じるようになります。

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今後も当館では、現行の展示の長所は長所として大切に育みながら、新たに開発された技術を取り入れたり、海外の博物館を参考にしたり意見を交換しながら、次世代型の展示についてアイデアをめぐらせたく考えています。

カテゴリ:2022年度の特別展

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posted by 猪熊兼樹(特別展室長) at 2022年07月29日 (金)