八橋蒔絵螺鈿硯箱(部分)
八橋蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳筆 江戸時代・18世紀
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光琳のデザインとして名高いこの硯箱は、東京国立博物館の漆芸品を代表する存在でもあります。例年、描かれている燕子花の季節である初夏に展示されてきましたが、ここ数年他館の展覧会への出品が続き、東博では久々の登場です。
表面には燕子花と板橋をクローズアップして大きく描きながら、蓋表から四側面まで図様を破綻無く連続させています。板橋は奥の面からはじまって蓋表を通り、左側の側面、手前の面を通って右側の側面で終るまで、底面を除く五面を通って一本に繋がっているのです。非常に巧みな文様構成で、作者の卓抜したデザイン力を示しています。また、燕子花と板橋の組み合わせは、有名な『伊勢物語』の一場面を表わした図柄です。在原業平ともいわれる主人公の男が、京に住みづらくなって東へ下る旅へ出ます。途中、三河の国「八橋」にさしかかり、燕子花の咲き乱れる沢のほとりで望郷の歌を詠み、涙を流す……というくだりを象徴しているのです。
細部を見ると、貝片を鏨で打ち欠いて燕子花の花びらのヒラヒラとした感じを表わし、鉛の板の表面を叩いて粗らし、人の踏み渡る板橋の質感を表現しています。ただし、光琳は漆芸や金工の技術を身につけていたわけではありません。実際にはこうした繊細な細部表現を含め、硯箱のすべてが専門の職人達に依頼して制作されました。
光琳自身が作ったものではないのかと、がっかりなさるでしょうか? 工芸品の制作において、こうした分業や協同は決して珍しいものではありません。現代社会においても、優れたリーダーやコーディネーターのもと多くの人間の手を経て作り上げられたものが、人々に大きな感動を与えることは証明済みです。光琳の主導により、様々な技術者の仕事を結集した「八橋蒔絵螺鈿硯箱」プロジェクト。その成果は、今なお見る人を惹きつけてやみません。
本館13室(漆工)では、平安から江戸に至る各時代の蒔絵作品を展示しています。

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