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あなたは誰派?女性画家タイプ診断

あなたは小蘋タイプ
「一度志を立ててその事に従ったうえは、必ずどこまでもこれを成し遂げる覚悟でなければなりません。どんな芸でも技でも、その道に入れば容易なものではありません。それを押し切って進んでいくのが肝要です。」
(野口郁「私の母野口小蘋」より、小蘋の言葉を現代語訳)
 

 

 

春秋山水  

時代の証言

「母は夫に対しては貞淑で、私に向かっては慈愛深く、良妻賢母と申しても差し支えないと思います。」「昔母が絵を志した頃は、婦人で絵を描く人は稀で、婦人の教育家、芸術家とかいうものも甚だ少なかったので、母はいつも「自分が今日あるのは、時勢の良かったためで、必ずしも自分の力ではない。実に幸運のものである」とのみ申しておりました。」
(野口郁「私の母野口小蘋」より、娘・郁の証言)
トーハクくん
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野口小蘋筆 春秋山水 明治時代・20世紀
(右隻(上):2012年6月5日(火)~2012年7月1日(日)、左隻(下):2012年7月3日(火)~2012年7月29日(日))

野口小蘋(のぐちしょうひん) 弘化4年(1847)~大正6年(1917)

 名は親。幼年の号は玉山。阿波出身の漢方医・松村春岱と続の長女として大阪に生まれる。幼少より絵を描くことを好み、8歳頃、四条派絵師・角鹿東山に入門。後に南画家・日根対山に学び、号を小蘋と改める。

 甲府の酒造業・野口正章に嫁ぐが、のち夫が家業を離れると、明治15年(1882)に一家で上京。日本美術協会展を中心に活躍し、明治37年(1904)女性初の帝室技芸員に任命された。画壇の中心人物として「南画の女王」と呼ばれた。


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