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聖一国師(円爾弁円)が,その師無準師範(1177-1249)のもとを辞して帰国した翌年の淳祐2年2月,無準の住する径山万寿寺が炎上の厄にあった。博多に承天寺を創建しその住持となっていた円爾は径山炎上の報をうけると,当時日宋貿易に従事していた豪商謝国明の協力を得て,復興資材として板千枚を寄進した。謹直な趣を示す本幅はそれに対する無準師範の礼状で,その因縁から「板渡しの墨蹟」と呼ばれ世に珍重されている。松平不昧公旧蔵品。