毎日展示室を歩いているのに、気になる作品や初めてみる作品に出会い、
まだまだ知らないことや驚くことがたくさんあります。
それだけ多くの文化財に恵まれているんだなぁ、ありがたいことだなぁ、としみじみ思います。
でも、展示室で博物館での過ごし方に戸惑う子どもたちに出会うこともしばしば。
作品を見ないで、題箋(だいせん、作品のデータや解説の書いてあるカード)をデジカメで撮影し、
あとはソファでくつろいで帰ってしまうのです。
きっと学校の宿題でレポートを書いたりするのでしょう。
でも、せっかくほんものの前に立つことができたのに、鑑賞しようとしないのはもったいないですよね。
せっかくなら楽しんで、ほんもののパワーを感じてもらいたい。
そう思っているのは、博物館にいる私たちだけではありません。学校の先生も同じです。
そこで、博物館での学習をどうしたらいいか、それを学校でどう活かしてほしいか、を私たちからお話し、
先生方と意見交換をする機会を設けました。
うだるような暑さのなか、全国から66名の先生方にお越しいただき、
当館で行っているスクールプログラムの体験会などを行いました。
研修の様子です。
どんなことをお話したのか、少しだけご紹介します。
奈良・京都への修学旅行の事前学習に来た、ある学校に対してのプログラムの一部分を実演。
「さて、みなさん。仏像を見たことがありますか?
みんな、見たことがありますね。ではここで仏像の絵を描いてみてください。」
展示室に行く前に、私は子どもたちにこういう課題をだすことがあります。
といっても、1分程度でさらさらとかいてもらうだけ。
みなさんも描いてみてください。もちろん、正しい絵を求めているわけではありません。
研修にご参加いただいた先生にも描いてもらいました。
「では、手を止めてください。
いま仏像を正面からではなくて、斜めから、後ろから、横から書いた人いますか?」
こう問いかけると誰も手を挙げません。
「お祈りする対象だから、正面から描いたのかな?」
と聞いても手は挙がりません。
「正面から鑑賞するのが当たり前と思っていたんじゃないですか?」
こう聞くとハッとした表情でこちらを見上げます。
自分の手を動かすことで、自分がなにか固定概念にとらわれ、教科書の写真どおりの方向から見ることが正しい、と思い込んでいたことに気づくようです。
そして最後にこういう課題を出して、解散します。
「博物館では、四方からみることができるように展示している作品もあります。今日は、いろんな作品をみて一番好きな作品を選んでください。何でそれが気に入ったのか、考えてみてください。そしてその作品をいろんな方向から見て、自分が一番いいと思った角度を見つけてください。学校に帰ったら担任の先生に教えてあげてくださいね。」
こんな経験を先生にお話していると、先生方もいろいろな意見や授業の経験をお話してくださいました。
ほんものに出会うせっかくの機会に立ち会えることが、こんなにうれしく楽しいことなのかと思います。
トーハクにいらっしゃるすべてのお客様と作品との出会いが、充実したものであるようにできることはしていかねばと、
心を新たにした研修でした。
ご参加いただいた先生方、ありがとうございました。
(教員研修のお知らせは、ウェブサイトの学校の先生方へのページに掲載しております。)
| 記事URL |
posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2012年08月30日 (木)
博物館を「職場」として考えたことのある方はいらっしゃいますか?
博物館で働いている私も、よく「何をしているの?」「監視員をしているの?」と聞かれます。
中学生や高校生からインタビューを受けると、やはり「作品を扱う研究」「展示室の監視」以外の仕事は注目されていないように感じることもしばしば。
実際、どんな仕事があり、どんな人たちが働いているのか、想像しづらいのかもしれませんし、将来の職業を考えたときに「博物館職員」を思い浮かべたことがない、といわれてしまったことも・・・
今後は博物館の仕事のご紹介もしていけたら、と思っていますが、まずは皆さんに「インターンシップ」をご紹介します。
インターンシップとは、博物館職員を目指す学生に向けて、博物館がどんなところなのか、どんな仕事をしているのかを知り、学習意欲や職業意識を高めてもらうための就労体験プログラムです。
今年もその活動が始まりました。
では、いったいどんな活動をしているのでしょうか?
たとえば教育普及室のインターン生は・・・
実際にお客様とふれ合いながら、ワークショップの補助をします。
インターン生でなければ、ファミリーや小中高校生向けプログラムに参加する機会もありません。
なによりインターン生にとってはお客様の声を直接聞くことができる、とても貴重な機会でもあるのではないでしょうか。
スクールプログラムで行ったアクティビティの補助をする教育普及室インターン生
もちろんこのほかに、ワークショップで使うものの準備、アンケート集計、分析などもしながら、博物館のいま、と向き合ってもらいます。
そのうえで各自の活動最終日には「トーハクでどんな教育プログラムを行いたいか」を発表します。
博物館教育課の職員が生徒役としてワークショップ案のデモンストレーションをしたり、スクールプログラムの新たなコースの提案であったり。
いろいろなアイディアは私たちにとっても刺激となります。
インターン生の発表風景。考古展示室でのプログラムを提案してくれました。
他の部署でも、講演会の補助や、展示関連資料の作成、展示や保存の現場の見学など様ざまな仕事を行っています。
たとえば広報室。
インターン生は広報室職員と、トーハクの顔であるユリちゃん、トーハクくんに見守られて博物館ニュースの校正、ウェブサイトの更新、チラシやポスターの管理や掲示など多岐にわたる業務に挑戦していきます。
いろいろな仕事を見て、知って、できるだけ体験してみてください!
そして年度末、インターンシップの課程を修了した学生に対し、館長から修了証を授与します。
平成館大講堂でひとりひとりに修了証が授与されます。
お疲れさま!でも送り出す私たちとしてはちょっと寂しい日でもあります。
博物館の裏側にまわり、いろいろな仕事を知り、「こんなことまで!でもいろいろな仕事があって、はじめて展示ができて、はじめてお客様をお迎えできるんですね」という感想も。
いつか博物館職員になりたい、という夢を叶えてくれることでしょう。
実際に夢を叶えたひとは何人もいます。
東京国立博物館のインターンシップは、毎年4回に分けて募集、選考し、10~30日間、受入部署の業務補助というかたちで活動しています。
今年はあと2回、選考が残っています。
我こそは!と思う学生の皆さん、ご応募をお待ちしております。(募集要項はインターンシップのページをご覧ください。)
また、インターンシップの対象ではない中学生、高校生の皆さんには職場体験やスクールプログラムがありますのでどうぞご利用下さい。
博物館も職場のひとつ。
そんな目で館内を歩いていただくと、きっといつもと違う博物館の姿が見えてくると思います。
カテゴリ:教育普及
| 記事URL |
posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2012年08月25日 (土)
学校は夏休みに入りました。
夏休みの思い出といえば家族旅行、プールや海、ラジオ体操などでしょうか。
私は部活と宿題です。
夏休みの終わりが近づくと宿題に追われ、特に自由研究は最後まで引きずっていました。
こうなることはわかっていたのに、早めに取り掛からない自分を恨めしく思ったものです。
私と同じ経験をされた方、この夏もしそうな方、いらっしゃいますよね。
じつはトーハクにも夏休みになると美術部、文芸部、歴史研究部などいろんな部活の皆さんが来てくれています。
ゆっくり時間をとれる夏休みに人気なのが、スクールプログラムのひとつである「伝統模様のお皿作り」。
技術を学んだり、うまく描くことを目指すのではなく、鑑賞するための手がかりとして始めたワークショップです。
作品や展示をもっと楽しんでほしい。そのための提案のひとつです。
なんと夏休みの予約はもういっぱいですが、自由研究にもうってつけでは?ということで、今日はこのプログラムの人気の秘密をご紹介します。
まずはどんなプログラムなのか、のぞいてみましょう。
少し緊張気味の生徒たちに真っ白なお皿を渡し、「展示作品から好きなモチーフを選んでお皿をデザインしてみましょう」というと、とたんにざわざわ…
美術部とはいえ、普段から美術館や博物館に通う生徒は少なく、トーハクにきたのが初めてという生徒がほとんど。
どんな作品があるかもわからない状態の彼らには少し難しい課題なのでしょうか、どことなく不安な様子です。
まずはみんなで一緒に本館展示室に行き、お皿のデザインのパターンや日本美術の模様やモチーフについて説明をうけたら一度解散。
約1時間かけて本館の展示作品を鑑賞し、自分の好きなモチーフをスケッチします。
見学のあと、思い思いにスケッチしていきます。
デザインをまとめたら専用のサインペンで絵付けをし、最後に出来上がったお皿を全員で鑑賞します。
30分ほどかけてひとりひとりに展示の感想、どんな作品を基にしたのか、どんなところを工夫したのかを聞いていく鑑賞会が、
このプログラムのポイント。
お互いの発見や工夫を共有します。
お互いのお皿を見ながら、感想を聞きます。
展示作品と、それを基に生徒がデザインしたお皿。
「時代もジャンルも材質も違う作品なのに、同じモチーフが使われていてビックリ」
「同じ着物を参考にしたのに、全然雰囲気が違う!私のお皿は実用に、あの子のお皿は飾るのにいいかも」
「その作品ってどこにあったの?」
できたお皿も、こうした感想もすべて、みんながしっかり鑑賞してきた証です。
同じ日に、同じ時間だけ、同じ展示室を回って、同じ画材で描いたお皿なのに、同じものはありません。
鑑賞になれていない生徒たちも「デザインする」という課題を持つことで、
立体の作品、四角い画面の作品などを丸いお皿にどうアレンジするか、
彩色のない作品に色をつけたらどうなるか想像しながら、
作り手の気持ちという「いつもと違う視点」で作品にじっくり向き合い、何かに気づくことができたのでしょう。
そして鑑賞会では自分の思いつかなかった表現や、見落とした作品の魅力に新鮮な驚きを感じるようです。
「いつもと違う視点」が「日本美術をみるのも楽しい!」といってくれる理由だと思います。
「いつもと違う視点」の他の例として、
作品の「つくり方」に注目する、ということを親と子のギャラリー「日本美術のつくり方Ⅲ」でご提案しています。
こちらも、自由研究の題材になるのではないでしょうか。
自由研究にお困りのみなさん、保護者の皆様、トーハクで自由研究、いかがでしょうか。
余談ですが・・・
この夏も、東京都高等学校文化連盟茶道部門の皆さんが参加してくださいました。
夏にトーハクで作ったお皿を銘々皿として、冬にトーハクのお茶室を借りてお茶会をする、
という壮大な計画を実行してくれている高校生たちです。
こういう発展、活用方法もあったのか!と私も驚きましたし、うれしく思っています。
昨年12月のお茶会の様子。私も一服いただきました
たくさんの皆様に、いろいろな方法でトーハクを活用し、楽しんでいただければと願っています。
カテゴリ:教育普及
| 記事URL |
posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2012年08月01日 (水)
夏休み恒例の「親と子のギャラリー」。これまでにも、「日本美術のつくり方」シリーズとして、伝統的な日本美術の制作技法をご紹介する、教育普及的な特集陳列を行ってきました。今年はその第3弾で、4つの技法をとりあげます。段階をおって順番に進んでいく工程見本を展示し、また解説パネルもふんだんに使っており、わかりやすい内容になっていると思います。
キャッチフレーズは、「つくり方を知れば、見方がわかる、見方がかわる!」
親と子のギャラリー「日本美術のつくり方III」
2012年7月24日(火)~9月2日(日) 本館2階 特別2室
今回取り上げるのは、「螺鈿」「甲冑」「象嵌」「押出仏」の4つですが、その中から、螺鈿(らでん)についてお話申し上げましょう。
螺鈿は貝がらの内側の、つるつるピカピカした部分を文様の形に切り取り、漆(うるし)のうつわや調度品の表面に貼り付ける、漆工芸の技法です。螺は「巻貝」、鈿は「飾る」という意味で、つまり螺鈿とは「貝を用いた装飾」ということ。
螺鈿はアジア各地で、古くから行われてきた技法ですが、小文字の“japan”は「漆」「漆器」と訳されるほど、漆工芸がさかんであった日本でも、たいへんポピュラーな装飾のかたちであったのです。正倉院宝物に、奈良時代8世紀の螺鈿の作品がたくさんあるのをご存じの方も多いと思います。
日本の螺鈿では、伝統的に夜光貝という貝が使われてきました。南方に産する、とっても大きな貝。煮沸したり、あるいは切り削りして、内側の部分を板状にしたものを作り、それを文様の形に切って、貼り付けます。漆黒に、貝のはなつ七色の光が照り映える。その妖しく魅惑的な効果をねらったのです。
夜光貝を切り削って板状にしたものに下絵を描き、糸のこなどで文様の形に切る
ところでこの夜光貝、今でも採れます。沖縄の公設市場で売っています。下でさばいてくれて、上で食べることができるんです。
記憶があいまいですが、たしか身も七色をしていたような…。
夜光貝の原貝(中身はありません)
子どもから大人まで楽しんでいただける展示を心がけました。
「甲冑(かっちゅう)」「象嵌(ぞうがん)」「押出仏(おしだしぶつ)」については、ぜひ会場でご覧ください。
どうぞ皆様、お誘い合わせの上、お越しいただきたいと思っております。
関連事業
ギャラリートーク (会場はいずれも本館特別2室)
「日本美術のつくり方III・4つの技法」
2012年8月2日(木) 14:00 ~ 14:30
2012年8月10日(金) 19:00 ~ 19:30
2012年8月21日(火) 14:00 ~ 14:30
「日本美術のつくり方III・押出仏のつくり方」
2012年8月31日(金) 19:00 ~ 19:30
| 記事URL |
posted by 伊藤信二(教育普及室長) at 2012年07月25日 (水)
東京国立博物館では、164名の生涯学習ボランティアに加えて、6名の東京芸術大学の学生がボランティアとして活動しています。
芸術の最高峰ともいえる大学に通う大学院生たちが、それぞれの知識や経験、技術を生かして活動を行っています。
そのひとつとして、作品の制作工程模型を作り、紹介する活動があります。
本館20室 教育普及スペース みどりのライオンでは、5月15日から新たに、
制作工程模型「国宝「紅白芙蓉図」ができるまで―東洋絵画の絵の具の秘密―」を展示しています。
当館所蔵の国宝「紅白芙蓉図」のうち、ピンク色の芙蓉の花を描いた作品の模型で、
制作したのは、東京芸術大学学生ボランティア、石井恭子さんです。
制作工程模型 「国宝「紅白芙蓉図」ができるまで―東洋絵画の絵の具の秘密―」(本館 20室 2012年5月15日(火)~)
(原品は東洋館で2013年1月2日(水)~1月27日(日)展示予定)
今回の制作工程模型は、特に絵具に注目して紹介しています。
東洋の絵画では、顔料や染料などの原材料が違う絵具を使うため、絵具の特徴もさまざまです。
模型を作る際には、国宝「紅白芙蓉図」の科学調査を行った結果を基に、葉や花の部分がどのように描かれているか、
それぞれの材料の特徴を生かして、染料と顔料を使い分けながら、模型を作っています。
制作に使った材料は、一部、触れることもできます。
また、会期中には、月1回程度、ギャラリートークを行っています。制作者ならではの視点から、技法や材料に注目した解説をお楽しみいただけます。
制作の手順と絵具の特徴をご覧ください。
ギャラリートーク風景。今回の制作に使った材料もご覧いただけます。
9月にはワークショップも予定していますので、東洋絵画の絵具に興味のある方は、ぜひ参加をお待ちしています。
カテゴリ:教育普及
| 記事URL |
posted by 鈴木みどり(ボランティア室) at 2012年06月22日 (金)