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神技!台北 國立故宮博物院の「染織絵画」

世界4大博物館とも称される台北 國立故宮博物院。
その理由の1つは、中国美術の頂点といわれる宋時代の名品の数々が数多く所蔵されているからであり、書画や陶磁器の名品をご存知の方も多いことでしょう。しかし、その所蔵品の中に、織物や刺繍の名品があることをご存知の方は少ないのではないでしょうか。台北故宮を訪れる日本人は多くても、その展示室で、織物や刺繍の作品が展示されることはほとんどないのですから。
織物や刺繍といった染織作品は、すべて天然染料で染められていますので、光に当てすぎると褪色してしまいます。また、絹という脆弱な繊維素材でできていますので、完全な状態で後世に遺されることは大変に難しいものです。そういった保存の問題から、台北故宮で数少ない古い時代の染織を常時展示することはできないのでしょう。
実は、台北故宮でも見ることのできない織物や染物の名品が、東京国立博物館で開催中の「神品至宝」展では20点展示されています。今回は、当館での展示を逃しては見ることができないであろう素晴らしい名品を、このブログでしか見られない画像とともにご紹介します。



刺繍九羊啓泰図軸(ししゅうきゅうようけいたいずじく) 元時代 13~14世紀 台北 國立故宮博物院蔵
「九陽消寒、春回啓泰」という言葉を絵画的に表したもので、中国のお正月である「春節」に飾られるものです。春の到来とともに、九つの太陽が世の中をあまねく照らし、すべてのことが思い通りにかなうという意味があります。遠目には絵画のように見えますが、実は、すべて刺繍です。宋~元時代の絵画にもしばしば描かれた画題ですが、それを刺繍で表現した、という点にこの作品が制作された意図があります。
刺繍の技法は、背景の奇岩や地面などを彩る技法と、人物や羊などを表わす技法と大きく二つに分かれます。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
背景の刺繍技法をアップにしました。織物のように見えますが、じつは、紗と呼ばれる織目に隙間がある薄手の絹地に、一目ひとめに色糸を刺す戳紗繍(たくしゃぬい)という中国独特の技法が用いられています。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
中央の牧童の目や耳もすべて刺繍です。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
牧童が着用する上着(袍)の胸には、龍の文様が!君子の証です。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
牧童が持つ梅が枝の先に掛けられた鳥籠。鳥籠や鶯も細かく刺繍されています。

この時代、絵画は水墨画が主流でした。絵画はモノクロームですが、刺繍で表わされた絵画は、天然染料特有の透明感のある絹糸で彩られます。春節の慶事を華やかに飾ったことでしょう。




緙絲海屋添籌図軸(こくしかいおくてんちゅうずじく) 南宋時代 12~13世紀 台北 國立故宮博物院蔵

「緙絲」とは、日本でいう「綴織(つづれおり)」のことです。これも、遠目には絵画のように見えますが、実は絹糸で織られたものです。「緙絲」で絵画を表わすことは、唐時代より行われていましたが、その技術が最高に達したのは宋時代のこと。沈子蕃のような有名な作家もいます。この作品には、元時代の綾に記された賛があります。賛の主は元時代の文学者・虞集(1272〜1348)。「皆、宋時代の緙絲をまねるが、宋時代のものには及ばない。小さいながらすべてが備わっている。実に珍しく貴重な作品であるから、大切にするように」と述べています。


絲海屋添籌図軸(部分図)
3cm四方を拡大してみました。絹織物であることがお分かりいただけますでしょうか。




刺繍咸池浴日図軸 南宋時代 12~13世紀 台北 國立故宮博物院蔵
『淮南子』にある「日出于阳谷 浴于咸池(日は暘谷より出でて、咸池に浴す)」を刺繍で表しています。是非、ご覧いただきたいのが、絹糸の光沢と質感を活かした波の表現。




刺繍咸池浴日図軸(部分図)
微妙な色糸の変化や糸を刺す方向から生まれる流れなどを駆使し、絹の光沢が見事に生かされ、今にも動きそうな躍動感にみなぎっています。




刺繍西湖図帖 (全十図の内「平湖秋月」) 清時代 18世紀 台北 國立故宮博物院蔵
現在、無形文化遺産にもなっている名勝は、古くから中国では「西湖十景」として知られ、絵画に描かれ、詩にも詠まれました。これは、清の刺繍が最高の技術に達した乾隆帝の時代に制作されたもの。西湖が大好きだった乾隆帝が作らせたのかもしれません。




刺繍西湖図帖 (全十図の内「平湖秋月」部分図)
建物の柱の輪郭、松葉の1本1本まで、色糸で刺繍しています。拡大鏡を覗きながらでないと、こんな刺繍はできません。乾隆帝が1枚1枚繰りながら、その技の素晴らしさに微笑む姿が想像されます。


これら台北故宮の染織の特徴は絵画を織物や刺繍といった染織技術で表わした作品であること。明の董其昌は『筠清軒秘録』の中で、宋繍は「佳なるものは画にくらべ更にまさる」と述べました。素晴らしい「染織絵画」の数々が「神品至宝展」にせいぞろいしました。会場で、中国染織の本当のすごさを実感してください。


【参考文献】
國立故宮博物院 蒋復璁編『國立故宮博物院 緙絲・刺繍』学習研究社、1970年刊
※台北故宮に所蔵されているすべての染織作品が掲載されています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 小山弓弦葉(教育普及室長) at 2014年08月13日 (水)

 

超絶技巧 清の皇帝コレクションの陶磁器

このたび開催中の特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」の準備にあたり、3回にわたって台北故宮を訪問し、作品を調査させていただく機会がありました。
 


中国・宋(960~1279)、明(1368~1644)、そして清(1644~1911)の皇帝たちのためにつくられた第一級の作品を、実際に手にとる。心臓が止まりそうなくらい緊張しましたが、研究員冥利に尽きる至福の時間でした。

それらを手にとって驚いたことは、想像していた以上に軽かったり、重かったり、大きかったり、小さかったり、そして光を通すほどに薄かったということです。

たとえば汝窯(じょよう)青磁。一般的に青磁は、素地の灰色半磁質の胎土のうえに、ガラス質の釉がかかったやきものです。日本に数多く伝わっている江南、浙江(せっこう)南部にひろがった龍泉窯(りゅうせんよう)青磁の胎は堅く密に焼き締まっていて、とくに底部が厚く、安定した造形が特徴です。青磁釉は時に何層も重ね掛けされるものもあり、手にとると小さな作品でもしっかりとした重みを感じるものです。ところが、汝窯の輪花碗の場合、さらさらと乾燥した軟質の胎土で、釉はごく薄くかかっており、素地は均一に薄いため、手にとるとふわっと軽いのです。


青磁輪花碗(せいじりんかわん) 
汝窯 北宋時代・11~12世紀 台北 國立故宮博物院蔵
 
また、見込みは吸い込まれるように深く、写真で見るよりずっと大きく感じます。輪花形の碗は、北宋時代(960~1127)に陶磁器や漆器、金属器にひろく流行した形で、見込みの深いものは湯をはって酒注を入れ、燗をするための「温碗(おんわん)」と考えられています。このように汝窯青磁は、それぞれたしかに実用に適ったシンプルな形をしています。しかし輪花碗を実際に両手にとってみると、まるで日本の楽茶碗(らくちゃわん)のように胴部の丸みがしっくりと手になじみます。北宋の皇帝、そして清(1644~1911)の乾隆帝(けんりゅうてい)はこうして手になじませてその形と色を楽しんだにちがいない。その悠然とした姿に「皇帝の器」という貫録を感じるとともに、いわゆる量産品にはない繊細さがあることがわかりました。

軽さ、薄さといえば、明時代(1368~1644)初期の景徳鎮(けいとくちん)官窯の器も驚異的です。永楽(えいらく)年製(1403~1424)の銘を持つ白磁雲龍文高足杯は、展示室のケースのなかで明るい照明を受けて、息を飲むような美しさで輝いています。


白磁雲龍文高足杯(はくじうんりゅうもんこうそくはい) 
景徳鎮窯 明・永楽年間(1403~1424) 台北 國立故宮博物院蔵

紙のようにごく薄い胎には雲龍文が刻まれていますが、肉眼でもなかなかよく見えません。光に透かすとようやく見えてくるこのような装飾は「暗花(あんか)」と呼ばれます。まさに超絶技巧、とても贅沢なやきものです。

この作品のほか、宣徳(せんとく)年間(1426~1435)、成化(せいか)年間(1465~1487)につくられた青花・五彩の器には、白磁の胎が玉のようにつややかで美しく、そしてきわめて薄いものがみられます。とても陶磁器とは思えない軽さで、手に持っているのに心もとない気持ちがします。このように繊細な作品は、戦前、明初の景徳鎮窯器の実体がまだよく知られていなかった時代に形成された東京国立博物館の中国陶磁コレクションにはほとんど見ることができません。

予想以上に小さくて驚いたのは、藍地描金粉彩游魚文回転瓶です。景徳鎮窯に派遣された役人、督造官(とくぞうかん)の唐英(とうえい)が、乾隆帝のために開発した究極の陶磁器です。今回の展覧会の注目作品の一つです。


藍地描金粉彩游魚文回転瓶(らんじびょうきんふんさいゆうぎょもんかいてんへい) 
景徳鎮窯 清・乾隆年間(1735~1795) 台北 國立故宮博物院蔵

吹きつけ技法による藍地の上に極細の金彩が覆う豪華な瓶。頸部を回すと、内心部に描かれた愛らしい金魚がのぞきます。この作品は対でつくられ、花器として使用する瓶であったと伝わりますが、その大きさはちょうど手におさまるサイズ。乾隆帝は手のひらにのせてくるくると回しながら、おもちゃのように遊んだに違いありません。

碗や皿を手に持たず、卓上に置いて食事をとることが基本的なマナーとされる中国や韓国とは異なり、日本では器は手を添えて使うもの。日常的にやきものの重さを感じ、ざらざら、つるつる、その質感を楽しむことを知っている日本人こそ、中国の皇帝を虜にした陶磁器のさまざまな魅力を深く味わうことができるのではないでしょうか。

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2014年08月08日 (金)

 

「翠玉白菜」への道

特別展「台北 國立故宮博物院ー神品至宝ー」の目玉のひとつ「翠玉白菜」(以下、白菜)は7月7日(月)で展示を終了しました。現在、白菜は展示されていませんが、作品をさらにじっくりとご鑑賞いただけるようになった今こそ、実は白菜の魅力をより深く知っていただくチャンスなのです。


中国で愛されつづけた玉の「ツヤ」

白菜の最大の魅力のひとつは、なんといっても「色」です。翡翠(ひすい)という石の緑の部分と白の部分を巧みに彫り分けて、一切着色することなく、白菜を本物そっくりに表現しています。


翠玉白菜(すいぎょくはくさい) 翡翠 清時代・18-19世紀 國立故宮博物院蔵 
※展示は終了いたしました

中国では、古来、「玉(ぎょく)」という美しい石をさまざまな形に彫り上げる工芸が発達しました。玉器工芸でいちばん重要だったのは、白菜のような「色」ではなく、「ツヤ」でした。
会場の前半部分に展示した玉器は、おもに宋時代(960-1279)のもの。これらの作品は、玉器の「ツヤ」が本来どのようなものであったのかをよく示しています。


鳳柄玉洗(ほうへいぎょくせん) 軟玉 南宋-元時代・12-14世紀 國立故宮博物院蔵
展示台の下に鏡を仕込んで底裏を見せています。


同 鏡に映った底部

鉱石でありながら、水気を含んでいるかのような温和な光沢。ゼラチンにも似た柔らかい透明感。光を当てるとわかるこの「ツヤ」こそ、中国の人々が愛しつづけた玉器の「生命」ともいえる質感だったのです。


龍文玉盤(りゅうもんぎょくばん) 軟玉 北宋または遼時代・10-11世紀 國立故宮博物院蔵


同 部分


中国での玉の愛好は約8千年前の新石器時代にまで遡ります。会場の後半部分では、新石器時代のものを含む太古の玉器もご覧いただけます。


会場後半にある玉器の展示

黄緑・緑・白など色はそれぞれ異なっていて、しかも、単色のものばかりですが、どの玉器も例の「ツヤ」をたたえています。


「ツヤ」から「色」へ

それでは、色よりツヤのほうが重要だった玉器に、どうして翠玉白菜のようなツートンカラーのものが出てくるのでしょうか。
今日、中国で玉と呼ばれる石材は、大きくふたつのグループに分けることができます。ひとつは「軟玉」。もうひとつは「硬玉」で、白菜の石材・翡翠も硬玉です。中国でもともと採れたのは軟玉で、潤いをたたえたあの神秘的なツヤに特徴があります。ところが、18世紀に清朝の版図が拡大すると、新しい玉材が中国にもたらされるようになりました。硬玉(翡翠)は、今日のミャンマーから運ばれてきました。鮮やかな色彩や、時おり複数の色をそなえた翡翠は、中国の人々をまたたく間に魅了しました。


おわりに 「翠玉白菜」への道

翠玉白菜の誕生には、中国における約8千年もの玉器愛好の歴史、そして250年前に起きたある変化が関わっていました。それは玉器に「ツヤ」ではなく、「色」を求めるという価値観の一大変革でした。
「神品至宝」展の会場では、新石器時代の玉器から翠玉白菜に代表される清代の玉器までの道のりを辿ることができます。白菜をご覧になった方もそうでない方も、玉器本来の神髄である柔和な光沢をその目でぜひお確かめください。白菜のはるかなる淵源に思いをめぐらせていただければ、あの緑と白の色彩が心の中でいっそう鮮明に映えることでしょう。



おまけ

それでも白菜が恋しいという方は、会場の最後に展示した「人と熊」にご注目ください。


人と熊 軟玉 清時代・18-19世紀 國立故宮博物院蔵

玉材の白い部分を人物、黒い部分を熊に彫り分けています。玉材がもつ天然の「色」を造形に活かした技法は翠玉白菜とまったく同じ。突き出たお尻と表情は愛らしく、見るものの心を癒します。


同 (別角度)

故宮での人気も上昇中で、白菜や肉形石につづく「次世代アイドル」として注目を集めています。

さらに、東洋館5階「清時代の工芸」に展示した「瑪瑙石榴(めのうざくろ)」もまた翠玉白菜と同じ技法によるものです。


瑪瑙石榴 瑪瑙 清時代・18-19世紀 東京国立博物館蔵

石榴の割れ口からのぞいた赤い果肉の一粒一粒まで本物そっくり。その迫真ぶりは決して白菜に引けを取りません。「故宮に白菜あれば、トーハクに石榴あり!」特別展のチケットで、東洋館を含む総合文化展も自由にご観覧いただけます。いまのうちにぜひトーハクの「次世代アイドル」(?)もチェックしてみてはいかがでしょうか。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 川村佳男(平常展調整室主任研究員) at 2014年07月28日 (月)

 

特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」20万人達成!!

特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」(6月24日(火)~9月15日(月・祝))は、
7月25日(金)午前に20万人目のお客様をお迎えしました。
多くのお客様にご来場いただきましたこと、心より御礼申し上げます。

20万人目のお客様は、目黒区よりお越しの小学6年生 辻仁志君です。
仁志君は、お母さんの智子さん、妹の祐里佳さんとご来場されました。
辻さん親子には、東京国立博物館長 銭谷眞美より、特別展図録と記念品を贈呈しました。


20万人セレモニー
特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」20万人セレモニー
辻さん親子と館長の銭谷眞美(右)
7月25日(金)東京国立博物館 平成館エントランスにて



お母さんの智子さんからは、
「びっくりしました。今日は、NHKで放送されていた特番を見て、本物を見たいと思って来ました。
 藍地描金粉彩游魚文回転瓶(らんじびょうきんふんさいゆうぎょもんかいてんへい)などをとくに楽しみにしています。」と、お話いただきました。
 

8月3日(日)で前期展示が終了し、8月5日(火)からは、書の目玉作品、蘇軾(そしょく)筆「行書黄州寒食詩巻(ぎょうしょこうしゅうかんしょくしかん)」が展示されます。
この作品は東京国立博物館のみの展示となりますので、お見逃しのないよう、ご来館をお待ちしています。

 

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posted by 田村淳朗(広報室) at 2014年07月25日 (金)

 

記念シンポジウム「中国皇帝コレクションの意味-書画における復古と革新-」が開かれました

歴史的大展覧会・特別展「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」の開催を記念して、国際シンポジウム「中国皇帝コレクションの意味」-書画における復古と革新-」が、7月5日から6日の2日間にわたって開催されました。
 


まず、銭谷眞美 東京国立博物館長からご挨拶を申し上げたあと、馮明珠 國立故宮博物院院長からのメッセージが代読され、基調講演が行われました。



何傳馨氏(國立故宮博物院副院長)「國立故宮博物院書画コレクションの淵源」 


草書書譜巻(そうしょしょふかん)(部分) 孫過庭筆 唐時代・垂拱3年(687)  
~8月3日(日) 東京国立博物館のみで展示

最新の光学的調査の結果を踏まえながら、故宮コレクションの歴史が、書画に捺されている収蔵印と、貴重な画像から解き明かされていきました。書法史を中心としたひろく中国文化史を研究する何副院長のご講演は、書画の伝来を通じて中国の歴史や思想にまで及ぶ、広範な内容を扱うもので、現在の故宮コレクションがどのような意味を持っているのかを、何先生独自の典雅な口調で教えていただきました。
セッション1は「唐から宋へ、中国から日本へ」と題して、日本と中国の文化交流に焦点をあてた内容です。



丸山猶計(九州国立博物館)「王羲之と小野道風」



定武蘭亭序巻(ていぶらんていじょかん) 王羲之筆 原本:東晋時代 永和九年(353) 
10月7日(火)~11月30日(日) 九州国立博物館のみ展示


王羲之書法の特質である流麗な筆法は古くから日本でも愛された過程について、細かな文献的な例証と実例をもとに述べられました。王羲之の書法が、先般おこなわれて大好評を博した「和様の書」の源流でもあったなんて、日本と中国の深い縁を感じますね。



塚本麿充(東京国立博物館)
「皇帝コレクションにおける模写・模造事業―乾隆帝の書画コレクションと狩野派―」



桃花図頁(とうかずけつ) 南宋時代・13世紀 
全期間 東京国立博物館のみ展示


杏花図頁(きょうかずけつ) 馬遠筆 南宋時代・13世紀 
全期間 東京国立博物館のみ展示


18世紀における清朝宮廷と狩野派の模写事業のそれぞれの特質が明らかにされ、この展覧会を機会に同じアジアの博物館としての東博と故宮のコレクション比較研究が進展していくことへの希望が述べられました。



畑靖紀(九州国立博物館)「徽宗と義満―日本における皇帝コレクションの意味―」


子穌鐘(しそしょう) 春秋時代・前7~前6世紀 
全期間 東京国立博物館・九州国立博物館で展示



楷書牡丹詩帖頁(かいしょぼたんしちょうけつ) 徽宗 北宋時代・12世紀 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみ展示


足利将軍家のコレクションである東山御物の成立と、北宋の徽宗コレクションが密接な関係をもっていることが述べられました。日本でも国宝になっている多くの中国書画ですが、そのコレクションの淵源は北宋にあったんですね。今後、ますます研究の進展が期待されます。



弓野隆之氏(大阪市立美術館)
「蘇軾「寒食帖」と米芾「草聖帖」―台北と大阪を結ぶ縁」



行書黄州寒食詩巻(ぎょうしょこうしゅうかんしょくしかん) 蘇軾筆 北宋時代・11~12世紀 
8月5日(火)~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみ展示



草書論書帖頁(草聖帖)(そうしょろんじょじょうけつ(そうせいじょう)) 米芾筆 北宋時代・11~12世紀 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみ展示


本展覧会の後期の目玉作品である「寒食帖」がもとは日本にあったこと、それを仲介したのが同じ原田悟朗という人物であったこと、そして、米芾「草聖帖」が現在、台北と大阪市立美術館に分蔵された経緯についての研究発表でした。この時期に成立した阿部コレクションを所蔵する大阪市立美術館の学芸員としての説得力あるお話しに、聞き入ってしまいました。作品の伝来には必ずそれを伝えようとした人々の歴史があることも、あらためて認識させられました。


二日目はセッション2「元代書画の世界」からはじまりました。



湊信幸(東京国立博物館客員研究員)「元末四大家―文人画の確立―」


漁父図軸 呉鎮(ごちん)筆 元時代・至正2年(1342) 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみ展示


  
具区林屋図軸(ぐくりんずじく) 王蒙(おうもう)筆 元時代・14世紀 
8月5日(火)~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみ展示


今回その代表作が一挙に来日している元四家の山水画について、日本にはほとんど伝来していない最も中国絵画らしい中国絵画であること、そしてその美的特質が語られました。東博の中国絵画担当として本展の開催にも長年努力されてきた湊氏の研究発表は、ようやくこの日を迎えることの出来た喜びを感じさせるものでした。湊氏がはじめて台湾に行かれたのはまだ大学院生であった1973年のことだったそうです。その日から今日の日が来ることを心待ちにしていたという言葉は、私たちの心を打つものでした。



陳韻如氏(國立故宮博物院書画処)「公主の雅集:モンゴル皇室と書画鑑蔵活動」


羅漢図 劉松年(りゅうしょうねん)筆 南宋時代・13世紀 
10月7日(火)~11月30日(日) 九州国立博物館のみ展示



雲横秀嶺図軸(うんおうしゅうれいずじく) 高克恭(こうこくきょう)筆 元時代・14世紀  
~8月3日(日) 東京国立博物館のみ展示


いままで文化的暗黒時代と考えられていた元時代でしたが、実は活発な書画鑑賞活動が行われていたことを、皇帝の姉であった祥哥刺吉(センゲラギ)のコレクション活動から述べるものでした。湊氏の発表された文人画の成立とともに、北京でも書画が鑑賞され、それらのうちの何点かがいま日本でも展観されようとしているとは、驚きです。



竹浪遠氏(黒川古文化研究所)「乾隆帝が見た江南山水画―伝巨然「蕭翼賺蘭亭図」を中心に―」


蕭翼賺蘭亭図軸(しょうよくたんらんていず)    巨然(きょねん)筆 南唐時代・10世紀 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみで展示



明皇幸蜀図軸(めいこうこうしょくずじく) 唐時代・10世紀  
~8月3日(日) 東京国立博物館のみ展示


「江南山水」とは中国の江南地方に源を発する山水画で、文人画の基礎ともなったものです。黒川古文化研究所に所蔵される董源「寒林重汀図」とともに、今回展示されている巨然「蕭翼賺蘭亭図」について、その清宮における受容史にまでおよぶ内容でした。実際に故宮で調査された詳細なデータをもとにした緻密な考証は、さすがとうならされました。
つづいて、セッション3「乾隆帝の書画コレクション」です。



炎泉氏(國立故宮博物院書画処)「乾隆帝と澄心堂紙」


行書澄心堂帖頁(ぎょうしょちょうしんどうじょうけつ)     蔡襄(さいのう)筆    北宋時代・嘉祐8年(1063) 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみで展示



行書千字文冊 高宗筆 南宋時代・紹興23年(1153) 
~9月15日(月・祝) 東京国立博物館のみで展示   


伝説に覆われた名紙「澄心堂紙」について、出品作である蔡襄「行書澄心堂帖頁」がまさにその名紙にふさわしいこと、そしてその名紙が清時代にも模倣されて作られていくことが、具体的な作例から示されました。故宮で日々作品に接しているからこそ出来る緻密な材質研究に、すぐに展示場に駆け込んで各々の紙質を見比べた気持ちにさせられました。


富田淳(東京国立博物館)「徽宗の7璽と乾隆帝の8璽について」


草書遠宦帖巻(そうしょえんかんじょうかん) 王羲之筆 (原本)東晋時代・4世紀     ~8月3日(日) 東京国立博物館のみで展示


紫檀多宝格 清時代・乾隆年間(1736~1795) 全期間 東京国立博物館・九州国立博物館で展示


「古稀天子之宝」「八徴耄念之宝」玉璽 清時代・乾隆45年・55年(1780・1790) 全期間 東京国立博物館・九州国立博物館で展示

研究発表の最後は、今回の展覧会のワーキングチーフでもある富田からの革新的な学説です。徽宗と乾隆帝の鑑蔵印の押方が、それぞれの歴史性を意図していること、そして天円地方という伝統的な中国の世界観を反映しているのではないかという説でした。「神品至宝」展でも多宝格をかたどった会場構成になっていますが、まさに展覧会の構成やその意味を総括する研究発表でした。


続いて、総合討論が行われました。


何傳馨 副院長と富田による司会で、「皇帝コレクションの意味」について活発な議論が行われました。何氏は皇帝コレクションが単なる美術コレクションではなく、中国の歴史、文化、思想そのものであると述べられ、弓野氏からは、皇帝コレクションを今こうして見ることのできる時代になったことを喜びたいとの発言がありました。また湊氏からは、これから全アジア的な視点から日本や故宮コレクションの研究が進んでいくことへの期待が述べられました。

  

最後に、島谷弘幸 東京国立博物館副館長から閉会の辞があり、二日間にわたる書画シンポジウムは無事に終了しました。
最後に、ここにつどった内外の研究者、そして聴衆の方々には一つの共通点があります。それは皆が、故宮コレクションに感動し、それによって育てられ、そしてこれからも守り伝えて行こうとしている人々だということです。この素晴らしい二日間を提供いただきました皆様に、そして、ご参加いただいた皆様に心よりお礼を申し上げます。まことにありがとうございました。


記念シンポジウムは、九州国立博物館でも「中国皇帝コレクションの意味―工芸における復古と革新―」と題して、10月25日(土)に開催予定です。

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posted by 広報室 at 2014年07月24日 (木)