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1089ブログ

上海博物館展特別企画~湊信幸氏に聞く、中国絵画への想い~

特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」担当研究員・塚本麿充が、2009年まで東京国立博物館の副館長をつとめた湊信幸氏に、中国絵画への想いについてお話を伺いました。
今回はそのインタビューの模様をお伝えします。


会談の様子
左:湊信幸氏 右:塚本研究員


展示室に満ちる「清澄の気」


塚本(以下T):本日はお時間をいただき誠に有難うございます。どうぞ宜しくお願いいたします。

湊(以下M):こちらこそ、宜しくお願いします。

T:東京国立博物館では、毎年秋に特集陳列「中国書画精華」を行っています。

M:昔、台北の故宮博物院で毎年秋に「書画精華展」がおこなわれていたのですが、ちょうど、北京の故宮博物院でも秋は書画の名品展をしていましたので、これに合わせて東京でも「中国書画精華」をやろうということで始めたものです。
毎年秋に東京に来れば中国書画の名品がみられるということで、次第に知られるようになり、国内のみならず中国や欧米からも、たくさんの人がみえるようになりました。
特に日本に伝わった宋元画は、中国や欧米に伝わったものとはかなり異なる日本独特のものがありましたので、両故宮の書画精華をご覧になった多くの人は、その違いにお気づきになったかと思います。

T:そして今年の秋は「上海博物館展」を開催中です。まずは展示をご覧になった感想などをお聞かせください。

M:展示室に入ると、「文人の世界」というようなものを感じました。
特に倪瓚の「漁荘秋霽図」や多くの文人の跋をもつ銭選の「浮玉山居図巻」は、作品がその場を支配しているように感じますね。
作品は文人たちの生きた証であり、おのずと気を発しているようです。清澄の気、とでも言いましょうか。
おそらく、どなたでもその空気を感じることができるでしょう。そこには文人の追い求めた世界があるように思われます。


げいさん  せいべんいんきょず  展示風景
(左)一級文物 漁荘秋霽図軸(ぎょそうしゅうせいずじく)
倪瓚筆 元時代・1355年 上海博物館蔵
展示期間:10月27日(日)まで

(中央)一級文物 青卞隠居図軸(せいべんいんきょずじく)
王蒙筆 元時代・1366年 上海博物館蔵
展示期間:10月29日(火)~11月24日(日)

(右)展示風景


せんせん
一級文物 浮玉山居図巻(ふぎょくさんきょずかん)(部分)
銭選(せんせん)筆 元時代・13世紀 上海博物館蔵

展示期間:10月27日(日)まで


東博の毎年秋の中国書画精華もそうですが、日本で中国絵画の名品展を開催すると、東山御物をはじめとする、李迪、馬遠、夏珪などの南宋の院体画、牧谿、梁楷、因陀羅などの水墨画や寧波あたりの宋元仏画などが中心になってしまいますが、今回はそれとは全く違います。
日本にはほとんど存在しなかった、しかし、中国できちんと伝来してきた元の倪瓚、王蒙や明の呉派を代表する文人たちの、中国絵画の「本流」といわれるものが来日していることです。これは誠に意義深いですね。

T:湊さんは20年前にも上海博物館展を担当され、今回も本展覧会の開催にご協力いただきました。

M:20年前の上海展は、中国の宋元の書画が初めて海外で公開されたことで大変話題になりました。
当時、上海博物館は10件の宋元画を出品する用意がありましたが、来日がかなったのは6件でした。
何が最後に残るかは分かりませんでしたので、その6件のなかに、一番来日を望んでいた倪瓚の漁荘秋霽図軸と王蒙の青卞隠居図軸が残っていたのは、本当にほっとしましたね。この2件は中国においてその後の文人画の規範となった作品で外せないものでしたから。
今回は、宋元だけで20件も来ていますね。大変感慨深いです。倪瓚と王蒙の2件は、その後、上海では会っていますが、20年をへて東京で再び会うことができたことも大変嬉しく思います。


湊さん


上海と東京の、素敵な関係


T:湊さんの、中国絵画との出会いを教えてください。

M:私の通っていた大学には当時、山根有三、秋山光和、鈴木敬という大先生がおられ、それぞれの先生から実にいろいろなことを教わりましたが、中国絵画との出会いとなると、鈴木先生の元代絵画史研究という講義を聴いたことから始まります。
卒論のテーマを決める時期になった頃、ある日、鈴木先生が、「これをやってみないか」と、台北の故宮博物院にある元時代を代表する文人画家で元末四大家の一人である黄公望の「富春山居図巻」のコロタイプの複製巻を持ってこられました。
宋画というものは、見ればそれなりに何か分かるような気がするものですが、元の黄公望の「富春山居図巻」という水墨の山水長巻は、なかなかつかみどころがないように思えました。
卒論を書いた翌年の1973年に鈴木先生の調査グループの一人として台北の故宮博物院を訪問して、初めて本物を見たのですが、その淡い水墨の表現の見事さは、想像をはるかに超えるもので感動しました。
鈴木先生が「これをやってみないか」とおっしゃった意味をようやく悟ったような気がしたものです。

T:湊さんが日中国交回復後の中国に初めて行かれたのはいつでしょうか。

M:1984年の秋です。島田修二郎先生、鈴木敬先生を中心とする中国絵画調査団の一人として北京故宮、遼寧省博物館、吉林省博物館、天津芸術博物館など北の方をまわりました。
そして、翌年、上海博物館をはじめ、南京、揚州、鎮江、蘇州、杭州、寧波などの南の方をまわりました。

寧波では大変な発見(?)がありました。
南宋時代の寧波の仏画師で陸信忠というのがいますが、その作品には「慶元府車橋石板巷 陸信忠」という落款があります。
(参考図版:重要文化財 仏涅槃図(陸信忠筆  南宋時代・13世紀 宝寿院旧蔵 奈良国立博物館蔵)
「千年丹青展」でも出品された作品です。落款部分は画像右下あたりにありますので、画像を拡大してご覧ください。)
慶元府は寧波のことです。調査団には鈴木先生と宋元仏画の総合調査を長くされていた戸田禎佑先生、海老根聰郎先生がいらっしゃったのですが、皆で、陸信忠の落款にある車橋の石板巷という場所を探そうということになり、苦労した末に、とうとう石板巷という地名にたどりつき、皆で大騒ぎしました。
この顛末については海老根先生が「國華」誌に報告を書いています。
また、杭州では牧谿がいたという西湖畔の六通寺址を訪ねたのですが、牧谿の水墨画のように霧の深い日でした。
牧谿の弟子に蘿窓というのがいて、東博に竹鶏図という有名な作品がありますが、その霧深い中に鶏がいたので、みんなで「あ、蘿窓のニワトリだ!」と、冗談を言ったりして、なかなか楽しい旅でした。


竹鶏図
重要文化財 竹鶏図    
蘿窓筆 南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵



この二度の中国訪問では、中国の博物館に所蔵されている作品もたくさん見せてもらうことができました。
中国に伝わっている作品を見ていくと、鎌倉時代以降、日本に伝わった中国絵画、日本でいわゆる「唐絵」といわれている日本趣味の中国絵画は、中国に伝わっているものとはかなり異なるものであることを、改めて感じましたね。
ですから、20年前の上海展では、日本には伝わらなかった中国絵画、特に文人の作品に重点をおいて選択して東京に持ってきたのです。


93年図録表紙 
1993年開催の「上海博物館展」図録表紙


T:20年前は調査に関してもいろいろとご苦労があったと思います。

M:海外からの展覧会を開催する際、従来は先方の美術館側が選んだ作品をパッキングして持ってくる、ということが一般的でした。
しかし、当時の東洋課では、課長だった西岡康宏さんを中心に新しい展覧会の在り方というものを求めようという機運があり、先方が選んだ作品をそのまま持ってくるのではなく、自分の眼でちゃんと作品を見たうえで出品作品の選定をしようということになったのです。
ですから当時海外展ではまだ一般的ではなかった事前調査をしたのです。
今日は10月11日ですが、今からちょうど21年前の10月11日に事前調査の第一陣(絵画、書跡、彫刻)として上海入りし、それから1週間かけて、上海博の宋元の書画を富田さん(現・列品管理課長)と一緒に全部見せてもらいました。

T:全部ですか!?

M:そう、全部です。毎日たくさん調査するからフィルムが足りなくなって大変でした(笑)。
当時は中国で「中国書画古代図目」が出版されていましたので、その小さな白黒写真をもとにして作品をリクエストし、全部見た後で、何を東京にもってきて展示するかを決めたのです。


中国古代書画図目 中国古代書画図目
「中国古代書画図目」は資料館で閲覧できます。中面、右ページの上段左側に漁荘秋霽図軸が。


T:今では考えられない特別の待遇ですね。

M:そうですね。上海博がわれわれの気持ちをよく理解してくれた結果だと思います。
他の分野もすべて事前調査をさせていただきました。大変有難かったです。
上海博とは、この時以来、強い信頼関係が出来たように思います。
その後、2006年には「書の至宝―日本と中国」展を東京と上海で行いましたが、この時も、お互いがいろいろ困難な問題を乗り越えて誠意をつくしました。


対談 

その後2008年になって、上海博の陳克倫副館長から、上海万博の開催にあわせて日本所蔵の宋元絵画の展覧会を開催したいとのお話がありました。

T:それが「千年丹青-日本・中国珍蔵唐宋元絵画精品展-」ですね。ほとんどが国宝、重要文化財という破格の47件が初めて中国で公開された大展覧会でした。

M:日本にある宋元画は、中国の人は一部の研究者を除いて、ほとんど見たことがなかったのです。
日本に伝わった宋元画は中国にはほとんど伝わっておらず、中国に里帰りさせて、中国の人々に見ていただくのは大変意味のあることだと思いました。
「千年丹青展」は、日本にある宋元画と中国にある宋元画の名品を一堂に集めて展示するものとなり、初めて中国絵画史における宋元画の全体像がみえてくるという画期的な展覧会になったといえます。
日本と中国の多くの関係者の協力を得て、おかげさまで「千年丹青」展は実り多いものとなりました。

T:そのお返し展が今回の展覧会です。
図録ではそのために、展示作品のみならず、東博を中心として日本所蔵の中国絵画を挿図としてたくさん用い、中国絵画の全体像がわかるようにしました。
上海博物館と東京国立博物館は、本当に良い関係を築き上げてきましたね。

塚本さん 湊さん


アジアの未来を、東洋館で


T:学生時代以来、中国絵画の研究はどのように変化したとお感じですか?

M:現在、この展覧会で展示されているような中国絵画の一級の名品が見られるようになったのは、つい最近のことで、戦前までは、そもそも、どこにどのくらい、いいものがあるのか、充分に分かっていなかったと思います。
鈴木先生が創めた中国絵画総合図録の調査と資料公開により、中国絵画のコレクションに関しては世界的に情報公開が進んできたと思います。
また鈴木先生が、これからの中国絵画研究は中国人と中国語で議論できるようでなければいけないとおっしゃっていましたが、日中国交回復後、中国に留学して勉強して帰ってきた人材も増え、中国、欧米とともに日本においても、ようやくいろいろな意味でインターナショナルな研究の環境が整ってきたように思います。
塚本さんもその一人ですね。

T:リニューアルなった東洋館の魅力や、これからのご研究についてお聞かせください。

M:東洋館は、今回のリニューアルによって、従来、充分展示できなかったものも展示されるようになり、また、各分野の展示もとても見やすくなり、作品一つ一つが実によくみえるようになったと思います。
中国書画の展示室に関していえば、文人の部屋を作り、その鑑賞空間を再現したいと思ってきましたが、今回のリニューアルで、文人の机や文房具などを展示するコーナーが出来て、展示室の雰囲気が随分よくなったと思います。
東洋館は、アジア諸地域の文物をまとめて総合的に見ることのできる日本最大の施設であり、日本が絶えず外国とつながっていることを、作品そのものを通して知ることができる場所だと思います。
日本文化を知るためにも、アジアの他の地域の文化を知り、相互に比較する視点は大事だと思います。
例えば、近年、東アジアの絵画とよくいわれますが、これについても、従来は、中国、朝鮮、日本についての相互交流が専らであったと思いますが、これからは東アジアの絵画の中に琉球の存在も意識してみていくことが必要と思っています。
中国からの文物は寧波のみでなく、中国の福建-琉球-薩摩を通して日本に伝わったこともあるはずで、そのことに注意する必要があると思っています。
東洋館においても、そのようなアジア世界の多様性を、特集陳列などで展示してほしいですね。

T:これからも東洋館の面白さを、多くのお客様に伝えていきたいと思います。湊さん、本日は貴重なお話を有難うございました!


お二人の、中国絵画への熱き想いが感じられるインタビューでした。
ぜひ特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」を見て、文人気分を盛り上げていただければ幸いです。


二人の写真

湊信幸:1977年東京国立博物館東洋課研究員。中国美術室長、東洋課長、学芸部長、文化財部長などをへて副館長。2009年退職。現在は名誉館員・客員研究員。「米国二大美術館蔵 中国の絵画」、「上海博物館展」、「吉祥-中国美術にこめられた意味」、「千年丹青」展などの特別展を担当。

塚本麿充:東京国立博物館 東洋室研究員。特別展「北京故宮博物院200選」や、特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選」の絵画担当。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by 塚本麿充(東洋室) at 2013年10月24日 (木)

 

【上海博物館展コラム】点描項元汴~史上最大の収蔵家は、渋ちんだった?~

巻物であれ、掛軸であれ、作品によっては画面いっぱいに様々な印が押してある場合があります。
これは所蔵者や鑑賞者だけに許された特権。今の我々にとっては、これらの印を整理することで、作品のおおまかな伝来をたどることができます。
作品に最も多い印を押したのは、おそらく乾隆皇帝でしょう。
画面はもとより、表具の上にまで実に堂々とした印を押し、画面に彩りを添えています(図1)。


参考図版1
(図1) 一級文物 浮玉山居図巻(部分)
銭選(せんせん)筆 元時代・13世紀 上海博物館蔵
展示期間:10月27日(日)まで

印も題識も乾隆皇帝。



では、民間人で最も多い印を押したのは誰でしょう?
答えは、明時代の項元汴(こうげんべん 1525~1590)。
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」前期の作品であればNo.10の浮玉山居図巻(ふぎょくさんきょずかん)に、後期ならNo.17の青卞隠居図軸(せいべんいんきょずじく)に、乾隆皇帝と項元汴がその数を競うように印を押しています。

青べん隠居図軸
一級文物 青卞隠居図軸
王蒙筆 元時代・1366年 上海博物館蔵
展示期間:10月29日(火)~11月24日(日)



浮玉山居図巻
一級文物 浮玉山居図巻(部分)


項元汴は、中国の歴史上、民間人としては最も偉大な収蔵家だったと言えます。
現在伝えられる名品のほとんどに、項元汴の印が押されていると言っても過言ではありません。
項元汴は日本の「いろは歌」に相当する、「千字文」の字を整理記号として作品に書き込み(図2)、余白にはおびただしい数の印を押しました(図3)。


参考図版2
図2 
一級文物 浮玉山居図巻(右下部分)
千字文の「其の祗植を勉む(そのししょくをつとむ)」の「祗」字を書きつけています

参考図版3
図3
一級文物 浮玉山居図巻(部分)
たとえば画面の左上、二行にわたって数々の印を押しています。


自ら入手の経緯を記し、時には購入価格までをも明記する場合があります(浮玉山居図巻は30金!でした)。
そのため、項元汴の印があるだけで、作品の出来ばえが保証されたようなものですが、一方では美しい作品を汚したと非難されることもあります。

さて、この項元汴とは、どんな人物だったのでしょうか?
項元汴の父・項詮(こうせん)は官途につくことなく、嘉興(かこう  浙江省)で豊かな財産を築きました。
項詮には、3人の息子がいました。項詮の没後、家業を継いで巨万の財産としたのが、末っ子の項元汴だったのです。
項家はどうやら質屋を経営していたようで、項元汴はいながらにして天下の珍宝の多くを入手することができました。
また自らも書画に眼が利いたので、普段の生活は徹底して節約し、収蔵品を増やしていきました。
ただ、蓄財に専心するあまり、本来の価値より高く購入してしまうと、悔しさを顔ににじませ、食事も喉を通らなかったそうです。

そんな弟の性格を熟知していたのが、兄の項篤寿(こうとくじゅ)でした。
項篤寿は嘉靖41年(1562)に進士に及第し、温和な性格の持ち主でした。
項篤寿はあらかじめ小僧を偵察に出し、項元汴が書画を高く買って鬱々と日々を過ごしていることを知ると、項元汴の家を訪ね、最近入手した書画を見せてもらいます。
そして高く買った作品が出ると、項篤寿はその書画を絶賛しまくり、項元汴が買った値段で引き取って帰るのでした(朱彝尊『曝書亭集』巻53)。

もっとも、項元汴の名誉のために一言。
徹底した吝嗇家であった項元汴ですが、万暦16年(1588)、干ばつに見舞われた江南が大飢饉となった時、項元汴は私財をなげうって多くの郷土の人々を助けたこともあります(図4)。


墓誌銘
(図4)
行書項墨林墓誌銘巻(ぎょうしょこうぼくりんぼしめいかん)
董其昌筆  明時代・崇禎8年(1635)  高島菊次郎氏寄贈  東京国立博物館蔵
項元汴と親交した董其昌が書いた、項元汴の墓誌銘です。



項元汴の集めた数々の名品は、兄の項篤寿が亡くなり、政界へのつてもなくなってしまうと、貪欲な官僚たちの餌食となり、さらに明末の動乱によって散逸してしまったのでした。
項元汴の偉大な収蔵品は、厚徳の兄・項篤寿に支えられていたと言えるかも知れません。

追記:
嘉興(浙江省)の出身であった朱彝尊は、項家と姻戚関係にありました。
項元汴の没後39年目に生まれた朱彝尊は、幼い頃に項元汴の築いた天籟閣(てんらいかく)に登ったことがあったそうです。
項元汴の所蔵していた青卞隠居図軸は、その後、北京の旧家が入手するところとなりました。
朱彝尊は初め清朝に仕えず、各地を遍歴して学問を積んでいましたが、康煕18年(1679)、51歳の時に博学鴻詞科(はくがくこうしか)に挙げられ、北京で『明史』の編修に従事するようになります。

これは朱彝尊が北京にいた頃のお話。
北京の旧家では、後に青卞隠居図軸をお針子に持たせて、この名画を市に売りに出しました。
たまさかこれを見かけた朱彝尊は、銭30緡(びん)の手付金を支払い、書斎に掛けること10日間、ためつすがめつ天下の傑作を堪能します。
ちなみに当時の青卞隠居図軸には、玉のように堅い薄緑色の官窯の軸がついていたそうです。
しかし朱彝尊は手元不如意、どうしても残金が支払えません。その頃、にわかに戸部尚書(こぶしょうしょ)の高い地位にあった梁清標(りょうせいひょう)が名乗り出て、白金5鎰(いつ)で購得しました。

晩年に宰相を務めた梁清標は、やがて郷里に帰り、その没後、愛蔵の書画は散逸してしまったそうです。
青卞隠居図軸の余白には、項元汴や乾隆皇帝の印とともに、梁清標の印も押されていますが、10日間の所有者、朱彝尊の印が押されることはありませんでした。

乾隆皇帝や項元汴を魅了した天下の名品・青卞隠居図軸は、10月29日(火)からの公開となります(イチオシ)。
全ての宋元作品と一部の明清作品も展示替え!!特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」後期展示もお楽しみに。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by 富田淳(列品管理課長) at 2013年10月23日 (水)

 

クリーブランド美術館展と人間国宝展、来春開幕!

トーハクでは来春、「クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」と、日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」(どちらも2014年1月15日(水)~2月23日(日))を開催します。
2013年10月15日(火)に、報道発表会を行いました。

最初に、「クリーブランド美術館展」担当の特別展室長・松嶋雅人より、展覧会の見どころをご紹介しました。


松嶋さん
一番右側でマイクを持っているのが松嶋研究員。


アメリカ・オハイオ州にあるクリーブランド美術館は、中世ヨーロッパや東洋の美術、近現代美術などを網羅し、全米屈指のコレクション数を誇る美術館です。
本展覧会では、選りすぐりの日本絵画約40件と、中国・西洋美術の優品を加えた、総数約50件の作品をご紹介します。

まずは、ポスターやチラシのメインビジュアルにも起用されている、こちらの作品から。


雷神図屏風
雷神図屏風(らいじんずびょうぶ)
「伊年」印 江戸時代・17世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


迫力があるけれど、ちょっとお茶目に見える雷神様。その視線の先には人間界がひろがっているのでしょうか。
雷神と対峙する「風神」が、もうひとつの屏風に描かれていたのかもしれません。


地獄太夫図  
地獄太夫図(じごくだゆうず)
河鍋暁斎筆 明治時代・19世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


現在も根強い人気の河鍋暁斎。がいこつや擬人化された蛙など、ユーモラスな画題で有名です。
この作品では、妖艶な太夫を鮮やかに描き、その筆技をあますところなくご堪能いただけます。


かきつばた図屏風
燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)
渡辺始興筆 江戸時代・18世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


渡辺始興は、尾形光琳を尊敬していたのだとか。
光琳も同じ画題の作品を残していますが、それと比べると本作品は花の形や葉の色調などの変化を細やかに描いています。

人や自然の姿が時代ごとにどのように描かれてきたか、平安時代から明治時代までの名品でご覧いただく展覧会。
新年にふさわしく、華やかな展覧会になりそうです。


次に「人間国宝展」担当の工芸室主任研究員・小山弓弦葉より、展覧会の見どころをご紹介しました。

小山研究員


「人間」なのに「国宝」!?響きだけで、なんだかすごそうな展覧会です。
人間国宝は、正しく言うと「重要無形文化財の保持者に認定された人の通称」です。
工芸技術などの無形の文化財所産で、歴史上または芸術上価値が高く、うち特に重要なものを「重要無形文化財」といいます。
これらのわざを高度に体得している者が「重要無形文化財の保持者」です。


野草笹匹田模様着物
木綿地型絵染 野草笹匹田模様着物(もめんじかたえぞめ やそうささひったもようきもの)
稲垣稔次郎作 昭和30年 京都国立近代美術館蔵
稲垣稔次郎は、文様を彫った型紙を使った「型絵染」という手法によって、型紙で着物に絵模様を表すという新境地を開きました。



「工芸」とひとことで言っても、色々な種類がありますよね。
今回は、陶芸、金工、染織、漆芸、木竹工、人形、諸工芸の7部門に分けて、人間国宝の名作をご覧いただきます。


恒河
耀彩壺「恒河」(ようさいつぼ こうが)
徳田八十吉(三代)作 平成15年 小松市立博物館蔵
徳田八十吉は加賀に生まれ、初代徳田八十吉から九谷の色釉の技を学んでいます。その技を極めた先に、このような新しい表現が生まれました。



本展覧会と同時期に、平成館1階 企画展示室にて、特集陳列「人間国宝の現在」を開催します。
特別展では物故された人間国宝の作品が並びますが、こちらの特集陳列では現在もご活躍の人間国宝の作品が勢揃いします。


彩光
蒔絵螺鈿八稜箱「彩光」(まきえらでんはちりょうばこ さいこう)
室瀬和美作 平成12年 文化庁蔵
第47回日本伝統工芸展出品 東京都知事賞受賞



最後に、この作品を制作された重要無形文化財「蒔絵」保持者で、日本工芸会 副理事長の室瀬和美氏が、記者からの取材に応じてくださいました。


室瀬氏

室瀬氏は、
「本展覧会では、“工芸”のことを“CRAFT”とは英訳せずに、敢えて“KOGEI”とそのままアルファベットで表記しました。
工芸は日常的に使うものだけでなく、美術や芸術全般を含めた呼称なので、クラフトという単語だけでは十分に理解ができません。
“CRAFT”と“DECORATIVE ART”を含めた“KOGEI”をさらに広めていきたいです」と語りました。


クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」と、日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」は、どちらも2014年1月15日(水)~2月23日(日)に開催します。
日本美術の名品をあつめた2つの展覧会、どうぞご期待ください。

カテゴリ:news2013年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2013年10月17日 (木)

 

音声ガイドと図録で、上海博物館展を100倍楽しもう!

トーハクくん登場

ほっほーい!ぼくトーハクくん。
今日は、トーハクのルーシーリューこと、特別展室の高木結美ちゃんといっしょに、特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」の会場に来ているんだほ。高木ちゃん、よろしくだほ。


高木さんとトーハクくん

高木(以下T):宜しくお願いします!

トーハクくん くはぁーっ!やっぱり女子と一緒だとテンションあがるほぉーっ!
さて高木ちゃん、この展覧会について教えてくださいだほ。上海博物館ってどんなところなんだほ?

T:上海博物館は、北京市の故宮博物院とならんで、中国美術の殿堂として名高い博物館です。
その秘蔵の名画のなかから、一級文物18件を含む40件もの名画が、いまトーハクに来日しています。

トーハクくん 一級ブンブツ、ってなんだほ?

T:文字どおり、とても優れた作品のことです。日本でいう「国宝」にあたります。
これだけ質の高い絵画作品は、所蔵している上海博物館でも滅多に展示されるものではなく、
それが日本で、上野で見られる、またとない機会なんです。


展示風景


トーハクくん それは豪華だほ!大事な絵画がたくさん見られるんだほ!
でも中国絵画ってちょっと渋いんだよね。実はぼく…、見方がよく分からないんだほ…。

T:あら~。でも、そんなトーハクくんにぴったりの、この展覧会をもっともっと楽しむ方法をご案内しますね!

トーハクくん おおー!よろしくだほ!
(でも、高木ちゃんと一緒というだけですでに楽しいんだほ。ほっほ。)


その1!<詩書画一致の音声ガイド>
出品作品のうち、特に厳選した作品は音声ガイドでもお楽しみいただけます。


音声ガイド看板 音声ガイド堪能
前期後期の展示替に合わせて音声ガイドの内容も変わります。
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」音声ガイド 300円/1台(税込)


前回のブログにありますとおり、中国絵画の魅力は、絵と書、それに詩があってこそのもの。
この音声ガイドは、作品を見ながら「詩を耳で楽しむ」ところが大きな魅力です。
ほんの少しですが中身をご紹介しますと…


煙江畳嶂図巻
一級文物 煙江畳嶂図巻(えんこうじょうしょうずかん)
王詵(おうしん)筆 北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵
10月27日(日)まで展示


王詵の友人であった蘇軾は、この作品を見て、次のような詩をつくりました。
はるかに広がる川面を眺めれば、限りない愁いの心がわき起こる。
深い山には泉の水が、山道には小さな橋や店が、水面には小さな漁船があって、
まさに人と天とが一体になったかのようだ。(中略)
ああ、絵の中の人々よ、どうか私をこの絵の中に招き入れ、理想の世界に遊ばせてください。



音声ガイド、たのしいね


T:この絵を見た文人たちの心には、こうした詩が流れていたのでしょう。
浮玉山居図巻の題跋(矢印のある部分)では、元時代の黄公望が次のように書いています。

『知詩者乃知其畫矣(その詩を知れば、自然とその画もわかるようになる)』

図録より
(図録 62~63ページより)
一級文物 浮玉山居図巻(ふぎょくさんきょずかん)
銭選(せんせん)筆 元時代・13世紀 
10月27日(日)まで展示


トーハクくん一緒に書かれている詩の意味がわかると、その絵がなにを言いたいのかがはっきり見えてくるんだほ。
ん~しかし、ナレーターのボイスがまろやかでたまらんほ。

T:そうでしょ?こうした情感豊かな詩を静かに優しく読み上げるのはナレーターの藤村紀子さん。
そしてここぞ!というところでは本展担当研究員、塚本麿充も解説します。

塚本研究員 藤村さんと塚本研究員
塚本研究員が、音声ガイドのナレーションに初挑戦しました!
すこし緊張の面持ちですが、気合いを入れて収録に臨みました。


作品を前にして、目で楽しみ、耳で楽しむ、
画中の詩、そして文人たちの生き様に思いを馳せる音声ガイドです。


その2!<渾身の図録―上海博+東博 中国絵画の決定版!>
中国絵画をもっと知りたい!と思ったらぜひ図録を読んでみてください。
宋元から明清に至るまでの名品がずらりと並ぶ、まさに中国絵画の教科書のような図録です。


図録 図録
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」図録 1600円(税込)
全187頁、もちろん作品図版はオールカラー。


さらに詳しく知りたい方のために、出品作品に書き込まれた詩や跋文の書き起こし
別冊「釈文・印章編」(図録とセット購入で100円)もあります。


本展図録そのものが中国絵画史の入門書になりました。
およそ1000年の中国絵画史が語られます。

トーハクくん ほ~、とってもきれいで、絵も見やすいほ。
この図録の一番のおすすめポイントはどんなところだほ?

T:なによりも美しい図版が豊富に掲載されているところです!
全40件の出品作品の全図はもちろん、細かな部分の拡大写真も充実しています。
さらに解説文ではトーハク所蔵品を中心とした約100点の挿図が使われ、
中国絵画になじみのない方から、もっと知りたい方まで、みなさんが楽しめる「わかりやすい」1冊です。

図録


トーハクくん いや~高木ちゃん、展覧会が100倍楽しくなるアイテムのご紹介、どうも有難うございましただほ!


広報室担当者:(トーハクくんになにやら耳打ち)


トーハクくん えっ?人をちゃん付けで呼ぶのはNGだって?むー、広報の人はカタイことを言うほ…。ごめんね高木ちゃん、許してほ?

T:うふふ、ずるいなあトーハクくんは(笑)。
上海博物館と東京国立博物館の奇跡のコラボレーションをどうぞお楽しみくださいね。


特別展「上海博物館 中国絵画の至宝
11月24日(日)まで(期間中、展示替えがあります。)
東京国立博物館 東洋館8室
※総合文化展観覧料でご覧いただけます

いよいよ10月11日(金)からリレートークが始まります。10月12日(土)には講演会もあります。お聞きのがしなく!

高木さんと浮かれるひろし 
高木さんと2ショットで浮かれるトーハクくん。言動がすっかりオヤジですが、永遠の5才です。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by トーハクくん at 2013年10月10日 (木)

 

特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」 開会式が行われました

本日10月7日(月)、特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」の報道内覧会と開会式が行われました。


開会式には1300人を超えるお客様にお越しいただきました

歴史、文化、景観、食。どれをとっても魅力的な京都。
特に秋は特別公開の寺院も多く、毎年必ず訪れるという人も少なくないはず。
そんな、京都ラブな方も、修学旅行以来京都にはご無沙汰という方も、この秋はトーハクの「京都」に遊びにきませんか?

トーハクの「京都」でご覧いただくのは、京都では見られない400年前の「京都」です。

私たちを400年前へといざなうのは、国宝・重文に指定されている7件の洛中洛外図屏風。
いにしえの京の風景と人々の営みを今に伝えます。(ただし、会期中展示替えがあります)

もっとも注目していただきたいのは、いきいきとした人物描写が魅力の舟木本です。


重要文化財 洛中洛外図屏風(舟木本)(部分) 岩佐又兵衛筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

展覧会場では最初のコーナーで、舟木本の超高精細画像を超拡大して4×4mの巨大スクリーンに投影。


「洛中洛外図屏風 舟木本」の高精細映像

実物展示では、見過ごしがちな細部の描写をしっかりとご覧いただきます。
祭りの喧騒、花見客のおお騒ぎ、店先の会話、お城のお裁きの様子まで、400年前の京都の人びとの営みがリアルに迫ってくるよう。
映像を見てから実物に向き合うと、細かいところまでよーく見えてくるから不思議です。
今までの展覧会では味わったことのない、うきうきわくわくするような鑑賞体験をお約束します。

洛中洛外図屏風のあとは、その屏風のなかに描かれていた、京都を象徴する3つの場所
京都御所、かの有名な石庭の龍安寺、そして二条城の内部へと入っていきます。
3つの建物の内部を飾っていた華麗な障壁画で、京都ならではの美の空間を体感していただこうというもくろみです。


二条城の空間を再現した迫力ある展示


ん? 誰かと思ったらトーハクくん!?
いつの間にか、この展覧会の共催者、日本テレビのキャラクター、ダベアと意気投合したみたいです。
二条城の松鷹図に圧倒されているよう。


あれれ? ユリノキちゃんは、ショッピングに夢中!?
女子の心をがっちりつかむグッズ満載。これも京都ならでは。

あわせて平成館1階では、明日から始まる特集陳列「清時代の書―碑学派―」の報道内覧も行われました。
こちらは、今年で11回目になる台東区立書道博物館との連携企画。

両展ともに、明日9時30分にいよいよ一般公開です!




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特集陳列「清時代の書―碑学派―」関連ワークショップ
「清時代の書に挑戦!」 参加者募集中!
 

カテゴリ:2013年度の特別展

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posted by 小林牧(広報室長) at 2013年10月07日 (月)