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バックヤードツアー「保存と修理の現場へ行こう」

バックヤードツアー「保存と修理の現場へ行こう」は、毎回応募者殺到の人気ツアーです。
今年も2016年3月17日(木)、3月18日(金)に開催され、抽選で選ばれた42名(2日間)の方に参加いただきました。
私も広報室インターン生としてツアーに同行し、取材しました。

バックヤードツアー

トーハクにおける文化財の修理は、解体などをして全体的な修理を行うものが年間70~100件、部分的に行う最小限の修理が年間700件以上あります。
実際どのような過程を経て保存・修理が行われているのか、ツアーの様子とともに紹介しましょう。

今回のツアーでは、2年前に導入された大型のX線CTスキャナーなど、コンピューターを使用し科学的・数学的な客観的データを計測する施設。実験室と呼ばれる、浮世絵や絵巻など一つ一つ手作業をする修理部屋。そして、刀剣の手入れなどを見学。
参加者の方々には文化財の保存と修理についての理解を深めていただく内容となっていました。


まずは文化財の調査や状態の診断を担うCTスキャナーの見学です。
ここには3台のCTがあり、用途に合わせてそれぞれを使い分けています。
CTを用いて修理すべき箇所を素早く発見し、また作品の構造などを理解することで、どのような処置を行うのか、展示や作品を移動する際のリスク回避などに役立てられています。

CTの説明
みなさん真剣に説明を聴いています

CTスキャナー
世界最大CTスキャナーのテーブルに乗り、撮影する際の回転も体験しました


現在、本館11室に展示されている如意輪観音菩薩坐像は、頭部の納入物がわかるCT画像も一緒に展示されています(2016年4月17日(日)まで)

本館11室の展示 如意輪観音CT画像


次は実験室です。
入口は二重扉になっており、室温や湿度の管理に注意が払われています。
主に劣化を最小限に抑えるための修理を行っている実験室では、文化財に優しく、修理の際に除去しやすい糊を用いるなど、将来に繋がる「修理のやり直しを考えた修理」が考えられています。
また、こちらで実際に使用されている澱粉糊ですが、実は研究員の手作りなのです。
館内で配布中の東京国立博物館ニュース(4-5月号)に、その糊炊きについての記事が掲載されていますので、ぜひお手にとってご覧ください。

浮世絵の修理について
浮世絵の修理について詳しく説明しています


最後は現在、老若男女から注目の集まる刀剣です。
刀は鋼から作られた武器ですが、表面に処理を施す際など、案外脆い側面もあります。
温度や湿度の管理だけでは刀剣は錆びてしまうため、保存する際は油を塗って、空気を遮断します。
しかし油は常に空気と触れているので、一定期間をおいて新しい油を塗り直さなければなりません。
今回は刀剣の古い油を拭き取り、新たに塗り直す作業を見学しました。
トーハクが所蔵する約900件の刀剣一本一本は、こうした定期的な手入れを経て、みなさんにご覧いただいているのですね。

刀剣の手入れ
細心の注意を払いつつ行われる手入れ


バックヤードツアーは、参加者の方に実際の作業現場に入っていただき、普段は見ることのできない博物館の仕事を見学していただくことが醍醐味です。
どの部屋でも興味深く研究員の話に耳を傾け、積極的に質問をされていたのが印象的でした。
それぞれの現場で研究員が熱意を持って、文化財の保存や修理に取り組んでいることが伝わったのではないかと思います。

ただいま本館 特別1室では
特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(2016年3月16日(水)~4月24日(日))を開催中です。

本館17室では、「保存と修理」のテーマで通年の展示も行っています。
この機会にぜひ足を運んでみてください。

本館17室の展示

また、17室には募金箱があります。こちらに寄せられた募金は、文化財の保存・修理にあてられます
皆様のお気持ちで、文化財を未来に伝えることができることに感謝いたします。

募金箱


作品を鑑賞することには、その作品が持つ魅力を自身の目で見て知ることができる楽しさがあると思います。
しかしそれだけではなく、その文化財が長い年月を過ごしてこられたのも、様々な人々が後世へと伝える努力をしてきたからであり、それらが今、目の前に存在しているのだと思いを巡らせる瞬間が、私はとても好きです。
保存と修理の現場は表舞台には出てきませんが、今回ツアーに同行したことでとても勉強になったと同時に、文化財の保存や修理について少しでも関わっていきたいと思いました。
 

カテゴリ:教育普及催し物保存と修理

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posted by 渋谷久美子(広報室インターン) at 2016年03月26日 (土)

 

東京国立博物館コレクションの保存と修理

保存修復室の沖松と申します。
今回は、3月15日(日)まで公開中の特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(本館特別1室)についてご紹介させていただきます。

当館の保存修復事業の成果の一端として、修理を終えた作品を、修理のポイントやその工程中に得られた情報などとともに紹介するこの展示も今回で15回目!
そんな節目の年でもある今回は、国宝室での「檜図屏風」の修理後初お披露目の展示と同時開催として、檜図屏風の修理に関連する資料も展示しています。

展示室内全景、屏風下地見本
左:展示室内全景右:屏風下地見本
本紙の下には、特性の違う和紙を、張り方を変えて何層も重ねた下地があります。本紙を支え、安定した状態を保つ上でとても重要です。


それでは、展示をのぞいてみましょう。
特別1室の南北の壁側のケースでは、作品の解体を伴う本格修理の例として、南側には刀剣・陶磁・考古などの立体物、北側に絵画・書跡・漆工、中央の覗きケースには、メインテナンスとして恒常的に行っている和綴じ本の綴じの修理や洋書の保存箱の製作などの対症修理の例を展示しています。また、檜図屏風修理の関連では、裏紙制作にあたって、八条宮家縁の意匠として桂離宮の襖に用いられた五七桐大紋の版木を用いました。今回の展示でも宮内庁京都事務所のご協力により特別に拝借して展示しています。

和綴じ、版木・唐紙
左:和綴じ本の修理、右:版木(五七桐大紋)宮内庁京都事務所所蔵とそれから摺った唐紙



ここでは、絵画・書跡作品から1点、技術的に興味深い例として、「先徳図像」(重要文化財)に注目してみましょう。

先徳図像
重要文化財 先徳図像  玄証筆   平安時代・12世紀

この作品は玄証(1146-1222)という、高野山を拠点に密教の図像研究・蒐集に活躍した学僧の自筆のものとして重要な作例です。紙は打ち紙加工がされた楮紙が用いられています。
本紙に虫損跡が多く、紙に厚みがあるため、修理前は、以前の修理で欠損部を塞いだ箇所に段差が生じていました。その段差が折れの進行する原因ともなり、陰影が生じて鑑賞上も支障を生じていました。これだけ多くの欠損部に補修紙を貼ると、一枚の厚さは少なくても、本紙を巻いたときには重なり合い、必要のない厚みが出て本紙に負担をかけてしまいます。

そのため、修理にあたっては虫損部の補修を如何に段差なく、本紙に負担をかけないように行うかが大きなポイントでした。
そこで採用されたのが「DIIPS」 (Digital Image Infill Paper System)です。

この技術は、本紙のデジタル撮影画像から欠損部の形状をアクリルシートに再現したもので補紙を漉き、それを欠損部に嵌めこむ方法です。
本紙の厚みに応じてシートの厚みを変えられ、レーザー加工で欠損部の形に穴を開け、そこに紙料を流し込んで補紙を漉くので、どんなに複雑で小さな形でも欠損部にピッタリ嵌まる形に漉くことができます。
そして周囲の余分な繊維をのりしろにできるため、本紙に接着する際に糊が薄くてすみ、凹凸も極力なくすことができます。
また、この技術の元になっている漉き嵌めのように、本紙そのものを紙料を混ぜた水に通す必要がないので、本紙の風合いや彩色など水に通すと損なわれる要素がある作品に効果的な技術です。


補紙作製シート、作製中
左:補紙作製中 右:補紙作製シート

修理の現場では、様々な状態の作品に、より安全で効果的に対応できるよう、こうした技術・材料の研究開発が常に進められています。

普段の展示された作品だけからは見えない裏方の仕事ですが、文化財を未来に伝えていくためにとても大事な部分です。年1回のこの機会に、是非ご覧いただけたら幸いです。


なお、今回、特別1室に展示の作品のうち、先徳図像は増井梅宗國久代様からの、四季山水図は長谷部康子様からの寄附金により実施することができました。国宝室に展示の檜図屏風はバンクオブアメリカ・メリルリンチ文化財保護プロジェクトからの助成金支援に修理が実施されました。

また、本館17室 保存と修理のコーナーなどに常設の募金箱へも多くの方々からのご寄附を頂いており、日常的メインテナンスとしての様々な処置や保存箱の製作などに活用させて頂いております。皆様の博物館の文化財の保存、修理事業へのご理解とご協力を心より篤く感謝申し上げます。
 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理特集・特別公開

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posted by 沖松健次郎(保存修復室主任研究員) at 2015年03月04日 (水)

 

新装なった「檜図屏風」

国宝 檜図屏風が、装い新たに展示されています。
平成23年1月の「本館リニューアル記念 特別公開」で展示されて以来、4年ぶりの公開になります。
その間に1年半に及ぶ修理が行われ、それまでの8曲1隻の屏風から4曲1双の屏風に形式も改められました。


国宝 檜図屏風 狩野永徳筆 安土桃山時代・天正18年(1590) (左:修理前、右:修理後)

修理前は幹から左に伸びる大枝が屏風の中央部分で大きくズレ、繋がりの悪い印象がありました。
「檜図屏風」には、画中に襖の引手跡があり、もと襖であったことが知られています。屏風の中央部分は、襖から屏風へ改装される際に切り詰められ、そのために図が不連続になっていたのです。

今回の修理では、もとの襖の形態を考慮して改装が行われました。襖の形に直すことも検討しましたが、絵の部分の高さが170㎝で襖としては高さが低く、上下に切り詰めがあると考えられることから、そこに枠をはめこんでは、画面が小さく見えてしまうのではないかとの意見もあり、当初の大きさも不明なことから、襖のような平面での展示もし行いやすい4曲の形態に直すことになりました。

絵の中には、木瓜形と円形の2種類の引手跡があります。襖として1度改装され、引手金具が付け替えられたのです。
引き手と紙の端までの距離が円形の方が揃っていることから、当初は木瓜形の引き手がつけられ、改装の際に画面の一部が切り詰められ円形の引手がつけられたと想像されます。
引手跡から紙端まで一番残りのよい第1扇と、中央部分の第4・5扇を比べると中央部分では約7cm狭くなっています。最初の襖から少なくともそれだけの部分が無くなっているのです。

 第5扇
左:第1扇(部分、修理前)、右:第5扇(部分、修理前)
上の囲みは木瓜形の引手跡。下の囲みは円形の引手跡


ケースの中で展示作業をしていると全体のつながりが見えません。中央部分を7cm空けたところでケースの外を見ると、全体を見ている研究員が両手を頭の上に掲げて○のサイン。
今回は当初の姿を再現するように、空間を考えて展示しています。

狩野永徳が描いた樹木は、江戸時代の『本朝画史』に「舞鶴奔蛇之勢」があると語られていました。檜図の枝にこそ、大蛇にたとえられる勢いが感じられます。
色彩が鮮やかになったこと、屏風の折れがなくなって枝の動きがスムーズになって増したことにより、重厚で沈痛な趣を宿した修理前の「檜図」が、明るく伸びやかな印象に生まれ変わりました。
これが当初の「檜図」だったはずです。
これによって永徳に対するイメージも変わってくるのではないでしょうか?

展示風景
現在の展示では、中央部分を7cmほど空けて展示しています

本館2室(国宝室)にて、2015年3月15日(日)まで展示

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

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posted by 田沢裕賀(彫刻・絵画室長) at 2015年02月28日 (土)

 

国宝「檜図屛風」修理後初公開・文化財用大型CTスキャナー記者発表会

2月16日(月)、トーハクでは2つの記者発表会が開催されました。


まず初めは、文化財用大型CTスキャナーのお披露目です。
昨年3月に導入し、約1年の試験稼動を経て、このたび、正式稼動となりました。

これまで、文化財用のCTスキャナーは、西日本の施設(九州国立博物館、九州歴史資料館、奈良文化財研究所)にしかなく、東日本でも自然科学系の施設(理化学研究所、国立科学博物館)にしかありませんでした。そのため、東日本にある文化財の調査をするためには、長距離輸送のリスクが伴いました。今回の導入により、東日本における文化財の状態調査の可能性が広がりました。

水平型の説明
水平型エックス線CTスキャナーの説明。
その大きさがおわかりいただけるのではないでしょうか。


今回導入されたのは、仏像など大型の文化財を立てたまま撮影ができる垂直型、長さ2.5mの文化財を水平に設置し断層撮影が可能な水平型、細かい部分の撮影が可能な微小部観察用の3台のCTスキャナーで構成されたCTシステムで、文化財用としては最新鋭かつ世界最大級のものです。

CTシステム
左から、垂直型、水平型、微小部観察用エックス線CTスキャナー


この日は、当館所蔵の「パシェリエンプタハのミイラ」(東洋館3室にて通年展示)の撮影結果についても紹介しました。

ミイラ画像

従来のエックス線撮影では不鮮明であった下腹部の塊が、CTによる調査の結果、ミイラ作成時の詰め物であることが鮮明に撮影されました。

今後、さまざまな文化財調査への活用と研究成果に期待が高まります。



次に、狩野永徳筆・国宝「檜図屛風」の修理後初のお披露目です(2月17日(火)~3月15日(日)、本館2室にて展示)。
バンクオブアメリカ・メリルリンチ文化財保護プロジェクトの助成を受け、18ヶ月にもおよぶ平成の大修理を行いました。

檜図屛風記者発表フォトセッション
記者発表にはバンク・オブ・アメリカ・グループ在日代表の
ティモシー・ラティモア氏にもお越しいただきました。
(右は独立行政法人国立文化財機構理事 池原充洋)


「檜図屛風」は、本来は4面の襖だったものを8曲1隻の屛風に仕立てたため、図柄のつながりに不自然なところがあったり、亀裂や糊浮き、彩色の剥離など経年による劣化によって鑑賞性が損なわれていました。
このたび、解体修理により、本来の姿を意識した4曲1双に改装し、亀裂や浮きの補修、汚れの軽減も施し、色鮮やかに甦りました。

また、修理の過程での発見もありました。
襖から屛風に改装されたときのものと思われる「一」から「八」までの数字や「山水桧」の墨書と、過去の修理で補修紙として用いられた五七桐文の文様が転写された跡です。
この五七桐文が八条宮家に縁の深いものであることがわかり、今回の修理では屛風の裏に貼る唐紙にこの文様が採用されました。

実際に使用された五七桐文の版木(宮内庁京都事務所保管)は、本館特別1室「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(2月17日(火)~3月15日(日))にて、展示されていますので、あわせてご覧ください。

五七桐文
唐紙(見本)と五七桐大紋の版木(宮内庁京都事務所蔵) 


修理の概要は、トーハクYouTubeチャンネルにて動画を公開しています。展示をご覧になる前にぜひ!




MUSEUM
東京国立博物館研究誌「MUSEUM」最新号は「国宝 檜図屛風 平成の大修理特集」
ミュージアムショップにて販売中です(税込1543円)

 

カテゴリ:news保存と修理

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posted by 奥田 緑(広報室) at 2015年02月17日 (火)

 

編者の意図も伝えたい!写真アルバムの保存

皆さんが旅行や家族の写真アルバムを作る際、写真を厳選し、ページの進みは旅行の行程順、家族の歴史順になるように並べて作るなど、なんらかの意図を込められると思います。

前回のブログでご紹介しました当館所蔵の重要文化財「旧江戸城写真帖」(横山松三郎撮影、蜷川式胤編、高橋由一著色)は64図から構成されていますが、霞会館所蔵の、同じ「旧江戸城写真帖」は100図(著色はありません)で構成されており枚数が違います。ここに編集を行った蜷川式胤の意図が存在します。

このように、写真アルバムは「写真が全部揃っていること」、「写真の順番」、「編者の意図」などが保存方法を考える上で重要なのですが、写真アルバムでは酸性紙の台紙にデンプン糊やアラビアゴムで写真が貼りこまれているなど、画像保存の観点から見た場合、適切ではない保存形態であることが問題となります。

そこで、簡単に思いつくのが写真アルバムの形態を記録し、写真だけ外して保存に適した包材を用いて保存する手法です。展示や貸与においても必要な写真の移動だけで事が足り、その他の写真は収蔵庫から移動しないために環境の変化がないなどメリットもあります。しかし、情報を一緒に保管しても、ひとたび解体してしまえば写真アルバムとしての形態は崩れ、編者の意図が伝わりにくくなる上、保存している組織や担当者が変わった場合などに集められた写真の散逸につながる等、多くのリスクも伴います。

保存箱
旧江戸城写真帖の中性紙保存箱と取り扱い説明書
箱と写真帖の間に空気層があり温湿度の変化が少ない構造をとっており、また、下に板を敷いて安全に箱から出せるように工夫している。



中性紙
旧江戸城写真帖は台紙1枚1枚を中性紙で覆っている


画像を残すことを優先とするのか、写真アルバムとしての形態を優先とするかについて、写真アルバムの保存に関する研究者内でも明確な判断基準はなく、この判断は所有者の事情や意向に大きく左右されているのが現状なのです。今後、少しずつでも写真資料の保存を研究している人間が写真アルバムの保存について意見を述べ、研究成果や経験を伝えることが出来れば、写真アルバムの保存や活用の進展につながると考えます。

私に修理を教えてくれた師匠は「作品がどう修理してほしいか語りかけてくるので、その言葉に耳を傾けろ!」と教えてくれました。今は写真アルバム保存研究の基礎を築くために作品からの言葉に耳を澄ましています。


P.S.
私事ですが、この年末に父がなくなり、遺品の中からいくつも写真アルバムが出てきました。父が自分で現像プリントをしているためサイズも技法もまちまち、様々な筆記具で写真や台紙に書き込みがあり、父の育ってきた環境や歴史が分かる、見ていて大変楽しい写真アルバムに出会いました。こちらも家庭できちんと保存したく考えていますが…。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

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posted by 荒木臣紀(調査分析室長) at 2015年01月28日 (水)