東洋の絵画や書跡の作品の多くは、紙や絹など脆弱な基底材に墨や絵具などの素材で表現されています。その形態には掛軸、巻子、屏風、額、襖、折本、冊子、板絵などがあり、各々の素材や形態の構造体上の特性に起因する損傷や劣化がみられます。また、収蔵環境などによって生じる生物や水損による長期的作用からの被害、人災による被害、地震、水害、火災など短期的作用によっても被害を受けている場合もあります。加えて、過去に施された処置に用いられた材料や技術による被害がみられることもあります。
そこで東京国立博物館では収蔵品を取り巻く環境を整えることと、劣化や損傷がみられる収蔵品を早期発見し対処することによって収蔵品全体の保存状態を高めるように努めています。私たち技術者は収蔵品や展示品などを管理する立場で作品と向き合い、診ています。さらに、処置作品に関連する複数の作品にも目を向け、予防や保全を考えていくように心がけております。
本格的な解体修理に加え、活用や収蔵を目的とした劣化や損傷箇所にのみ行う対症修理も施しています。その際に展示や収蔵などのための保護器具の活用は、必要最小限の処置にとどめる事が可能となるため有効です。それは従来までの応急修理とは異なる考え方で保存処置対策を講じております。そのため新たな用語が必要になって来たからこそ、当館では対症修理と呼び、使い分けているといって良いかもしれません。
このような総合医療的な保存活動は、保存と活用の両立を目指さした中で、損傷の拡大を防ぎ、劣化の進行を遅らせるという予防保存の考え方に基づいて体系的に実施しています。博物館全体として組織的に体系的な保存活動を行うことで、予防保存対策がより効果的に行うことができるため有効で、重要であると考えます。
実際の例を写真で紹介します。
掛軸の対症修理の例
作品の損傷:掛軸下部 軸木部分に錘として埋め込まれていた鉛が、 腐食して表装裂を突き破り出て来ていました。 損傷の様子から巻かれた状態で生じたことがわかります。 |
作品の損傷:軸木部分 腐食した鉛が表装裂を突き破り出て来ています。 |
診断と対症修理
掛軸の軸に鉛が埋め込まれているものや、
巻き癖や折れが強いものに太巻芯を装着して対応します。
(器具:中性紙製簡易万能型太巻芯)
大型の掛軸を安全に展示するための工夫
大型の掛軸装の展示 作品の縦寸法が長いために、展示ケース内に作品全体を展示できないことがありました。 そのため、安全性と活用を両立させた展示方法を案出することが急務となりました。 その結果、安全性を高めるための保護対策が求められ、 表装上部に展示補助器具を一時的に装着することで安全に展示することができました。 (器具:中性紙製巻芯型吊展示器具) |
展示ケース内作業の様子 大型の掛軸に、展示補助器具を装着して展示をしました。 展示ケース内作業に複数人、横側や外側の正面などから 指示を伝達する人員を配し安全に作業が進められました。 |
大きな紙資料の展示と収蔵方法 絵地図の展示と収蔵 展示方法として「壁面」より「傾斜台」、さらに「平置き」の方が安定した状態となり作品への負担は軽くなります。 しかしながら絵地図など大きな紙資料の場合には、必ずしも「平置き」にすることが可能な展示ケースがあるとは限りません。 そのため、従来から展示頻度の高い紙資料の多くは掛軸装などに形態を変えられてきました。 近年、当館では折り畳まれた絵地図に展示補助器具を一時的に装着して壁面に展示することがあります。 展示を終えた後に折り畳み、元の姿に戻して収蔵するようにしています。 関連展示 特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」 平成館 企画展示室 2014年3月4日(火)~ 2014年3月30日(日)
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posted by 鈴木晴彦(保存修復室) at 2014年03月12日 (水)
14回目となりました恒例の特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(3月4日(火)~3月30日(日)、平成館企画展示室)。今回の展示は例年と比べ、分野だけでなく修理の内容が多岐にわたっており、文化財修理の奥深さを見る事ができます。
例えば博物館ニュース2・3月号にも紹介している「応急修理」です。本格修理を病院での大手術に例えると、ホームドクターによる簡易な処置がこれにあたります。我々は健康を維持するにあたり、少し風邪をひいた程度でいきなり大病院にはいきませんよね?とりあえず近所の主治医に見せて判断をあおぎ、負担の少ない処置を施すことで健康を維持します。文化財も我々の健康と同じで、軽微な処置を行うだけで周辺環境を整えられたり、見やすく安全に取り扱えるようになります。その結果、ハンドリング時に起こる事故の確率が下がり、文化財を安全に末永く伝えることができます。当館ではこれらの処置を常常勤のアソシエイトフェローを中心に行なっております。展示では作品とともに修理の内容についても詳細に紹介しています。
その他にも江戸時代に書かれた書物の内容とX線による調査の結果を参考にし、最新の合成樹脂を用いて行われた修理(壷鐙)、大量の書類を短い時間で処理した修理(重要雑録)などの例をご覧いただきます。また、青磁鳳凰耳瓶と東洋館5室で同時期に展示中の砧青磁の名品「馬蝗絆」をご覧いただくことで、同じ症状に対する室町時代の修理と平成の修理を比較することができます。
(左)青磁鳳凰耳瓶(修理後) 中国・龍泉窯 南宋~元時代・13世紀 松永安左エ門氏寄贈
(右)重要文化財 青磁輪花碗 銘 馬蝗絆 中国・龍泉窯 南宋時代・13世紀 三井高大氏寄贈(東洋館5室にて、5月25日(日)まで展示中)
例年同様に修理で全体が整った作品をご覧いただくだけではなく、皆様のお宅にある、ちょっと風邪を引いたお宝を末永く健康に保つ秘訣を見つける事が出来るかもしれませんよ。
忙しい年度末の短い期間ですがぜひ、足をお運びください。
関連事業
「東京国立博物館コレクションの保存と修理」
平成館 企画展示室 2014年3月4日(火) 14:00 ~ 14:30
「東洋書画の修復と保存」
東洋館 TNM&TOPPAN ミュージアムシアター 2014年3月11日(火) 14:00 ~ 14:30
「展示を支える修復技術-マウント、書見台、保存箱」
東洋館 TNM&TOPPAN ミュージアムシアター 2014年3月25日(火) 14:00 ~ 14:30
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posted by 荒木臣紀(保存修復課主任研究員) at 2014年03月04日 (火)