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1089ブログ

「王羲之と蘭亭序」その2 蘭亭雅集の様子を想像してみよう!

東京国立博物館(以下「東博」)の植松瑞希です。

東洋館8室で開催している東京国立博物館と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画「王羲之と蘭亭序」は後期に入りました(~4月23日(日))。
「王羲之と蘭亭序」の世界をより深く楽しんでいただくため、本展に関わった東博と書道博の研究員で、リレー形式により1089ブログを更新しています。
さて、トップバッターの中村信宏さんに続き、わたしからは、王羲之主催の蘭亭での集まりが、後世、どのように描かれていったのか、というお話をしたいと思います。


東洋館8室展示風景

永和9年(353)の3月3日、王羲之は、いまの浙江省紹興県あたりにあった蘭亭(一説に、蘭花の多い川辺にあったあずまや)という場所で禊(みそぎ、邪気払い)の行事を行い、41人の名士を集めて、「流觴曲水」(りゅうしょうきょくすい)の宴を開きました。
流觴曲水は、川の水を引いて曲がりくねった流れを作り、そこに、觴(酒の入った盃)を流し、これが自分のところに着くまでに詩を作る、作れなかったら盃を飲む、という遊びです。
この遊びで作られた一連の詩に対し、王羲之が書いた序文が「蘭亭序」です。
「蘭亭序」は名文として知られるだけでなく、最高の書家とあがめられる王羲之の代表作品として称えられてきました。
そして、このようなすばらしい名文・名品を生み出した、蘭亭での集まり自体も、憧れの的となったのです。
そのため、これを描いた絵画作品も数多く残っています。
といっても、当時の記録がことこまかに残っているわけではありません。
画家たちは、その様子を想像して描いたわけで、どこに力点を置いて表現するか、全体構成や細部描写をどう工夫していくかというのは、それぞれの腕の見せ所となります。

さて、歴代の蘭亭雅集図の中で最も名高いのは、北宋時代、11世紀頃の文人画家、李公麟(りこうりん)が描いた巻子形式のものです。
真筆は失われてしまいましたが、図像の大枠自体は、拓本の形で伝えられています。
ここでは、清時代の乾隆帝の命令で作られた拓本「蘭亭図巻(乾隆本)」を見ていきましょう。


蘭亭図巻(乾隆本)(らんていずかん けんりゅうぼん)(部分)
原跡=王羲之他筆、清時代・乾隆45年(1780) 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

最初は、川辺のあずまや、蘭亭から始まります。筆を執り、ガチョウを眺める高士は、ガチョウ好きで知られる王羲之です。
あずまやの王羲之とガチョウの後には、曲水に流れ込む急流があり、酒の入った盃を準備し、次々と水に浮かべる召使の子供たちが描かれます。
そして、流れの左右に並んで座る、42人の名士が紹介されていきます(王羲之も再登場します)。
彼らは敷布の上に座り、硯と筆、紙をかたわらに詩作に励んでいます。
頭上には、官職・名前と、作った詩の内容が書かれています(作れなかった人は空欄です)。

途中は省略しますが、最後には、橋が描かれ、その先で、流れた盃をきちんと回収する子供たちの姿が見えます。


蘭亭図巻(乾隆本)(部分)

この蘭亭雅集図は、絵画表現だけで完結するというよりは、王羲之を始めとした有名な文人たちの性格や人生、その詩文の内容に思いをはせ、それが一堂に会した奇跡的な集まりの盛大さを改めて感じさせる、そういったものになっています。

このような、李公麟由来の図像をふまえて作られたのが、明時代末期、王建章(おうけんしょう)という画家が作った扇面です。
この作品では、両手で開くことのできる小さな画面に、一望できるように蘭亭雅集の風景が描かれています。


蘭亭春禊図扇面頁(らんていしゅんけいずせんめんけつ)
王建章筆 明時代・崇禎6年(1633) 比屋根郁子氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

王建章は、蘭亭雅集になくてはならない曲水を、画面上から、逆Cの字を描いて、左下に送るよう配置します。
この流れに沿って見ていくと、盃を準備して流す子供たちがいて、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

水辺で詩を書いたり、あきらめて盃を飲んだりしている参加者たちがあらわれて、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

あずまやでガチョウが泳ぐのを眺める王羲之が見つかり、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

橋の先で盃を回収する子供たちに行き着きます。


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

一方、清時代末期の上海で活躍した人物画家、銭慧安(せんけいあん)は、約束事にとらわれない、新たな蘭亭雅集図を描いています。


蘭亭修禊図扇面(らんていしゅうけいずせんめん)
銭慧安筆 清時代・光緒13年(1887) 青山慶示氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

銭慧安の扇面では、表された空間の範囲はぐっと小さくなり、そこに大勢の人々が詰め込まれます。
王羲之らしき人物の座るあずまや、盃を流す曲水は描かれますが、参加者たちの多くは、流れから離れて、思い思いに時を過ごしています。

盃の流れを見ているのは召使の子供たちだけで、しかも彼らも流觴曲水の宴のために仕事をしているというよりは、おもしろい遊びを興味津々に眺めているという風情です。


蘭亭修禊図扇面(部分)

参加者たちは、輪になって談笑していたり、欄干越しに話し込んだり、琴を聞きながら何かを論評したり、それぞれ、友人たちとの交流に集中しています。


蘭亭修禊図扇面(部分)

考えてみれば、最初に見た、李公麟由来の巻子形式の蘭亭雅集図には、名士どうしの交流はほとんど描かれませんでした。
ひるがえって、銭慧安の作品は、宴のにぎやかな様子を表現することに力点を置いた点に新しさが認められます。

蘭亭雅集に対する画家たちそれぞれのアプローチを比較し、楽しんでいただければ幸いです。 

連携企画20周年 王羲之と蘭亭序

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年03月14日 (火)

 

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