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1089ブログ

韓国語訳から見る日本の美術表現

国際交流室の李京林(イ・ギョンリム)です。館内のあっちこっちでご覧いただける韓国語の翻訳を担当しています。主に、作品の題箋や解説、そして各サインなどの翻訳業務がメインとなります。
また、海外の博物館等との人的交流のサポートもしており、研究員の海外訪問・招聘において通訳やアレンジを担当します。皆様の目には直接触れない部分もありますが、こういった交流とそこから得た両国間の理解はいずれ展示にも反映される、と考えております。

なかでも今日ご紹介するのは皆様が展示室で目にされるであろう、作品情報(作品タイトル等や解説)の翻訳の仕事です。作品情報の翻訳にあたっては、美術の専門用語はもちろん、キャプションという限られた紙面と基本的には立ち読みする博物館の状況など、実はいろいろな制約や状況を想定します。ですから、「簡潔ながらもわかりやすい」翻訳にするには、場合によってはなかなか苦戦することもあるのです。

たとえば「浮世絵」。版画は世界中にあるものですが、浮世絵はその独特な表現により、日本国外の観客の注目を集めるジャンルの一つでもあります。ですが、日本ならではの風俗を表すものや、比喩、含蓄、言葉遊びなどが多く、直訳ではその意味が充分に伝わらないことも多いのです。

 
見立黄石公張良 鈴木春信筆
見立黄石公張良 鈴木春信筆 江戸時代・18世紀
(2018年8月28日~9月24日 まで
本館10室にて展示)
황석공과 장량의 은유  스즈키 하루노부 필  에도시대・18세기
(2018년 8월 28일~9월 24일까지 본관 10실에서 전시)

「見立黄石公張良」の4言語キャプション
「見立黄石公張良」の4言語キャプション

8月28日(火)より本館10室にて公開中の春信の錦絵です。「黄石公」と「張良」は古代中国の人物。黄石公が靴を川に落とし、それを張良に拾わせてから彼に兵法を教えたという故事がこの絵の元になっています。しかし、二人は江戸の若い男女に、そして、靴は扇に、その姿を変えています。一見、優雅な美人画に見えるのですが、中国の故事を知っている人にはそれを連想させます。これが「見立」であり、日本の芸術、とりわけ浮世絵では欠かせない手法なのです。

さて、以上を踏まえて作品タイトルの韓国語訳をするのですが、まったく同じ概念は韓国美術では見つからなく、だからといって毎回長い説明を付けるわけにもいきません。なので、訳語においては少し言葉の並びを変え、「황석공과 장량의 은유(黄石公と張良の隠喩)」のようにしました。「隠喩」という言葉には何かを「暗示」するというニュアンスが含まれており、芸術の手法としても知られている言葉のため、最も近い概念として採用しました。
今回この作品には解説はついていませんが、場合によっては30字の簡単な4言語解説がつきます。その場合は、タイトルとは別に、解説の中で補足説明をしたりもします。


これは同じく見立の手法を使用した「見立草刈り山路」という作品とその解説です。 
見立草刈り山路 石川豊信筆
見立草刈り山路 石川豊信筆 江戸時代・18世紀 
※ 現在展示しておりません
설화 ‘풀베는 산로’의 은유  이시카와 도요노부 필  에도시대・18세기
※현재는 전시하고 있지 않습니다

 
「見立草刈り山路」の4言語解説
「見立草刈り山路」の3言語解説

解説に書かれている韓国語の文章は「元となったのは山路と名乗る草刈りに身をやつした親王の話。その主人公を同時代の若衆に置き換えて描いた作品。」という意味です。少しはわかりやすくなったでしょうか?

30字という短い文章で詳しい知識や背景までをお伝えすることはとても難しいのですが、これについてはお客様自身が調べる楽しみとして残しておく、という側面もあります。


また、より広い紙面を使わせていただけるトーハクのウェブサイトや出版物を通して補足させていただくこともあります。というのも…

東京国立博物館ハンドブック(韓国語改正版)
東京国立博物館ハンドブック(韓国語改正版)の表紙と中身。9月1日より発行予定。

国際交流室では出版物の翻訳も行っており、このたび約13年ぶりに韓国語版の改正版を出すことになりました。トーハクを十分に楽しみたい韓国の方はもちろん、トーハクを韓国語ではどのように紹介しているのかな、と気になる韓国語学習者の方にもおすすめします。ぜひ手にとってご覧ください!

カテゴリ:トーハクよもやま絵画

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posted by 李京林(国際交流室アソシエイトフェロー) at 2018年08月31日 (金)