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1089ブログ

【縄文】視野をひろげて縄文土器の魅力にやっと気づいた男の話

これまで僕は、縄文時代とは縁遠い人生を歩んできました。
兵庫県尼崎市の工業地帯に生まれ、はじめての遺跡訪問は弥生時代の田能(たの)遺跡。
大学に入ってからは古墳時代の横穴式石室に夢中になり、その関係で朝鮮半島そして中国の同時代の資料を研究するようになって、今では魏晋南北朝時代およびそれ以降の時代を主たる研究領域にしています。
そんな僕ですから、縄文時代とはなかなかご縁がなく、その魅力を考えることもありませんでした。

今回の特別展「縄文―1万年の美の鼓動」は、日本列島の各地から選りすぐった優品がずらりと並ぶ、空前の大縄文展。
会場を進むほどに、次から次へと縄文時代の卓越した造形美があらわれ、いやが応にも胸が高鳴ります。
縄文は縁遠いなんて言っていたことなどすっかり忘れ、頭の中はもう縄文でいっぱいです。

ズラリと縄文土器が並ぶ「第2章 美のうねり」、胸の高鳴りは最高潮に!

そうこうしながら足を踏み入れた「第3章 美の競演」は、これまでとは異なる世界がひろがっています。


「第3章 美の競演」の展示風景。
中央に縄文土器、両側に世界各地の土器を展示しています


それもそのはず。ここには、縄文時代と同じころに作られた、世界各地の土器がずらりと並んでいるのです。
縄文土器を世界のなかで相対化しようという壮大な試み。
それが「第3章 美の競演」なのです。

今回、この第3章の展示に携わりながら、そして会場内を行きつ戻りつしながら、僕は縄文土器の特質についてつらつら考えを巡らせていました。
そして次のような結論に至ったのです。

「縄文土器の特質は、触れることで出会える」

なんだか抽象的なことを言ってしまいましたが、その意味するところは明快です。
縄文土器は、世界の土器とくらべて凹凸が顕著で躍動感があり、メリハリが効いているのです。
土器の口縁部が波打っていたり、器壁が施文によってゴツゴツしたりしているのは縄文土器では当たり前。
一方の世界の土器は割合につるりさらりと単純です。
もちろん、実際には縄文時代にも凹凸の少ない土器はありますから、これはかなり乱暴な意見かもしれません。それでもそう思わしめるほどに、縄文土器は、「みる」というよりも「さわる」行為を通してその特質が顕在化してくる存在なのです。
したがって、たとえば光のまったく届かない暗闇の中に、縄文土器を含む世界各地の土器が集められていたとして、そこからパキスタンの土器は抜き出せなくとも、おそらく僕は、縄文は縁遠いなどと言いながらも、比較的簡単に縄文土器を抽出することができるでしょう。
さわって、ごつごつした感触の土器を選べばいいのですから。

 
左:重要文化財 焼町土器
群馬県渋川市 道訓前遺跡出土 縄文時代(中期)・前3000~前2000年 群馬・渋川市教育委員会蔵 写真=小川忠博
右:彩文壺
パキスタン、バローチスターン地方出土 インダス文明期・前2200~前2000年頃 東京・古代オリエント博物館蔵


こうして僕は、世界の土器と比較することで、縄文土器の特質にやっと気づくことができました。
そしてその特質は、そのまま縄文土器の魅力へとつながっていくのです。

ここまでお読みいただいて、「なるほど、縄文土器は世界的に見ても特別な存在なのか」と思われた方もおられることでしょう。
しかしそれはあくまで一つの視点からそう言っているだけの話です。視点をかえれば時に共通する面があることにも気づきます。

次の3点をご覧ください。
  

いずれも同じような形の器を上からみた写真ですが、注目していただきたいのはそこにあらわされた文様です。

小魚のような生き物が、反時計回りに旋回しているすがたを確認することができます。
表現方法はそれぞれ異なるものの、おなじような意匠が採用されているのです。
これを他人の空似と言って一蹴するのは簡単です。
でもそう考えるのではなく、影響関係の有無はさておき、なにか共通する生活様式なり考え方なりを示している可能性をまずは想起すべきでしょう。
またひとつ研究テーマができました。

ところで、この3点のうち、どれが縄文土器かはもう簡単ですね。
つるりではなく凹凸のある躍動的な口縁部をもつ一番右が縄文土器です。
*写真は左から順番に、彩陶鉢(中国、甘粛省あるいは青海省出土/馬家窯文化・前3100~前2800年頃/東京国立博物館蔵)、彩文浅鉢(パキスタン、バローチスターン地方出土/インダス文明期・前2200~前2000年頃/東京・古代オリエント博物館蔵)、動物形装飾付浅鉢形土器(神奈川県厚木市 恩名沖原遺跡出土/縄文時代(中期)・前3000~前2000年/神奈川・厚木市教育委員会蔵)

博物館で働く僕たちは、ふだんの調査研究のなかでは視覚情報はもとより、さわったときに得られる質感や重量感そして温度感も重視します。
そこから作り手あるいは使い手に近づく手がかりが得られるからです。
これらは来館されたお客様にはなかなか体験していただくことはできませんが、特別展「縄文―1万年の美の鼓動」をご覧になるときは、さわってみるつもりになってご覧ください。
また、特別展会場のある平成館の1階には、現在開催中の親と子のギャラリー「トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」とコラボして、火焰型土器のレプリカを設置しています(9月9日[日]まで)。
縄文土器にさわれるチャンスです! さわってみることで、縄文時代の造形に宿る美の鼓動を、その手に感じることができると思います。
 
縄文土器のどの部分が指にフィットしますか? やさしくさわってフィットする箇所を探してみてください

カテゴリ:考古2018年度の特別展

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posted by 市元塁(東洋室) at 2018年07月30日 (月)