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特集「親指のマリアとキリシタン遺品」

こんにちは、保存修復室の瀬谷愛です。

街にクリスマスのイルミネーションがみられるようになりましたね。この時期になると思い出すのは、イエス・キリストの母マリアのことです。教会付属の幼稚園に通っていた私は、クリスマスに年長組の出し物でマリア役を演じました。

寒い冬の夜。夫ヨセフとともに一晩泊めてくれる宿を探すのですが、どこも貸してくれません。やっとのことで貸してもらった家畜小屋で、無事にイエスが生まれ、天使や東方三博士が祝福に来てくれました。そのうれしさと安ど感…。

6歳にして、母の気持ちを味わってしまったのでした。

重要文化財 聖母子像
重要文化財 聖母子像 ヨーロッパ 16世紀後期~17世紀初期 長崎奉行所旧蔵品
幼子イエスを抱く聖母マリア。世界で最もよく知られた母子の姿といえます。


聖母マリアとイエス・キリストの関係は、宗教学的な深い解釈がある一方で、まずもって「母と子」であることが、多くの人々の心をとらえ、信仰へと導いたと思われます。逆に、ふつうの人間の母子像であっても、その親密さと情愛が神々しさを帯びれば、「聖母子」の姿にみえることがあるでしょう。


十字架上のキリスト図
十字架上のキリスト図 フランス・パリ トマ・ド・ルー版刻・刊行 16世紀末期~17世紀初期 福井にて発見 
左下では、聖母マリアが手を組み、十字架上のイエスを見上げています。


一方、イエスの最期において。ヨハネの福音書によれば、イエスがゴルゴダの丘で十字架にかけられたとき、マリアは下でその死を看取ったといいます。
母として、大切に育てた自らの子の最期に立ち会うのは、極めて厳しいことです。命が尽き、十字架から降ろされたイエスとその遺骸を抱くマリアを表した聖母像はとくに「ピエタ」と呼ばれますが、その造形に多くの人が感銘を受けるのは、誰もがその苦しみに感情移入できるためでしょう。

 
重要文化財 聖母像(親指のマリア)
重要文化財 聖母像(親指のマリア) イタリア 17世紀後期 長崎奉行所旧蔵
シドッチ神父がイタリアから携行した、極めて美しいマリア像です。


17世紀以降、日本ではキリスト教が禁じられ、多くの宣教師、信者が処刑、国外追放となりました。その後、キリスト教禁制下の日本にあえて潜入したイタリア人宣教師がいました。ジョヴァンニ・バティスタ・シドッチ(1667-1714)です。
幕府の重臣新井白石(1657-1725)は、宝永5年(1708)12月6日にこの知らせをきき、翌年、江戸へ護送されてきたシドッチと面会。11月22日から12月4日にかけて尋問を行ないました。

新井白石が著した尋問記録『西洋紀聞』によれば、シドッチはイタリア、シチリア島パレルモ出身。家族は11年前に亡くなった父ジョヴァンニ、母エレオノーラ(65歳)。4人兄弟の長女は幼い時に亡くなり、兄ピリプス、次が自分で41歳(今の私と同い年…)、弟は20年前に11歳で亡くなった、ということです。

白石がイタリアに残した老いた母や兄について問うと、シドッチはしばらく憂いを浮かべて黙り、身体をさすりながらこう言ったそうです。

「そもそも国の推薦による使命を受けており、ともかく日本へ布教することだけを考えてきました。老いた母や兄もまた、私が日本へ行くことは、キリスト教のため、国のため、これ以上の幸せはないと悦びあいました。けれどもこの身は捧げても、家族のことは別です。生きてこの身がある限り、家族を忘れることはできません」

白石は取り調べ後、博識で思慮深いシドッチを高く評価し、本国へ送り返すことを幕府へ言上します。「老いたお母さんへ会わせてあげたい」という気持ちもあったのではないでしょうか。
しかし、12月29日に下された沙汰は、「切支丹屋敷への終身収容」でした。そして、正徳4年(1714)シドッチは47歳で没し、切支丹屋敷(現文京区小日向)裏門脇に埋葬されました。


「親指のマリア」をみつめるシドッチ神父
「親指のマリア」をみつめるシドッチ神父…ぜひ会場へお越しください。

そして、没後300年の、平成26年(2014)。
驚いたことに、この節目の年、シドッチは再び江戸の青空のもとに出現したのです!

集合住宅建設にともなう切支丹屋敷跡の発掘調査が行われ、3つの墓から3体の人骨が発掘されました。そしてそのうちの1体が、国立科学博物館のDNA分析によりイタリア人と判明。関連する歴史資料の調査もふまえ、シドッチ本人のものとわかったのです(『東京都文京区 切支丹屋敷跡―文京区小日向一丁目東遺跡・集合住宅建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書―』2016年)。

現在、開催中の特集「親指のマリアとキリシタン遺品」(2017年12月25日(月)まで、本館2階特別2室)では、文京区教育委員会のご協力により、国立科学博物館が頭蓋骨から復元したシドッチ頭部像を、「親指のマリア」とともに展示しています。

300年ぶりに再会した「親指のマリア」の表情はシドッチの苦しみに寄り添うような悲しみをみせ、シドッチ神父の表情は逆に驚くほど穏やかにみえます。

クリスマス。家族やお母さんを想って過ごしてみませんか。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 瀬谷 愛(保存修復室主任研究員) at 2017年12月08日 (金)