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1089ブログ

青銅器にほら夏の君―上海博物館との競演より―

8月が終わり、町は少しずつ秋支度。夏好きの僕にとって、9月というのは夏への未練が残るつらい時期でもあるのです。

夏の主役はなんといっても蝉でしょう。彼らの鳴き声は夏の扉を開き、彼らが町からいなくなるとき、僕の夏も終わりを告げるのです。夏、夏、夏。行かないで夏。そんな思いが通じて、というわけでは絶対ありませんが、このたび上海博物館から蝉がやってきました。

いま、東洋館では上海博物館との競演を各部屋で実施しています。質量ともに世界屈指の呼び声高い、青銅器コレクションもお目見えです。今回お借りしたのは10件。そのなかのひとつ、こちらの扁足鼎(へんそくてい、図1)に蝉がいたのです。胴部を拡大してみましょう(図2)。横向きに連なっている虫がそれです。
 
扁足鼎
図1.扁足鼎 西周時代・前11~前10世紀     上海博物館蔵
   

扁足鼎の胴部
図2.扁足鼎の胴部


「おいおい、これのどこが蝉なんだい?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。僕自身も蝉と断言してよいものか迷います。なにより羽がありません。これは致命的です。

しかし、全体的な体のつくりはたしかに蝉です。くびれ部分のひし形もようは胸背の隆起か模様を表し 大きな2つの丸印は複眼を思わせます。先端のハート形は頭と口吻でしょうか。また羽がないことを考えると、羽化直前の蝉とも解釈できます。

青銅器の文様には、さまざまな生き物が登場します。それらは大きく2つの系統にわけて考えることができます。ひとつは様々な生き物の要素が混在した創造性の高い生き物。もうひとつは、意匠化しているとはいえ、他の生き物の要素が乏しいかまったくないものです。
今日ご紹介している蝉は後者です。古代の人々は、蝉の生態そのものにある種の特別な意味を見出していたのでしょう。だからこそ、その意匠は他の生き物と混在することがなかったのかもしれません。

青銅器の鑑賞は、知らない土地へ旅行する楽しみに似ています。そこにはまったく知らない世界がひろがっているので不安も少々。そんなとき、一人でも知り合いがいると旅に安心感が生まれるものです。悠久の器物に宿る蝉は、まさにそうした存在。未知の世界で僕たちを出迎えてくれる、よき友人ともいえるでしょう。


展示情報・関連イベント

特集「上海博物館との競演-中国青銅器-」
2016年8月30日(火) ~ 2017年2月26日(日) 東洋館 5室
スペシャルツアー 中国美術をめぐる旅―添乗員はトーハク研究員― 「悠久の青銅器と神獣ウォッチング」
2016年9月29日(木)11:00 ~ 12:00 (11:00に東洋館1階エントランスホールに集合)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開博物館でアジアの旅

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posted by 市元 塁(特別展室主任研究員) at 2016年09月06日 (火)