このページの本文へ移動

1089ブログ

清時代の書─碑学派─ 勃興期@トーハク

特集陳列「清時代の書 ―碑学派―」(2013年10月8日(火)~12月1日(日)、平成館企画展示室)は、今回で11回目を迎える台東区との連携企画です。
東京国立博物館、台東区立書道博物館の他、台東区立朝倉彫塑館を加え、台東区内に近接する3館が連携して、碑学派の主な書人の代表作を紹介し、碑学派の流れを概観します。
トーハクでは、碑学派の前期に重きを置き、主として勃興期に焦点をあてます。

清時代に最盛期を現出した乾隆帝が1799年に崩御した頃、中国の書は実に大きな変革期を迎えようとしていました。1400年以上も命脈を保ってきた王羲之を中心とする流麗な書の流れが終焉を迎え、やがて野趣あふれる青銅器や石碑の文字を書の基本とする碑学派が一世を風靡するようになるのです。

乾隆から嘉慶にかけて、知の巨人として学術界に君臨した翁方綱(おうほうこう)は、王羲之の書法を伝える歴代の法帖に執拗なまでの情熱を注ぎ、その考証に腐心していました。現存する名帖の多くには、翁方綱の緻密な識語が書き込まれ、学識の深さを伝えています。

翁方綱は、唐時代の碑を推賞しました(図1)。初唐の能書たちは、宮中に収集された王羲之の原跡を心ゆくまで堪能し、王羲之の書法を体得したうえで碑文を揮毫しているので、唐碑の研究はとりもなおさず王羲之書法の解明につながると考えたのかも知れません(図2)。

模九成宮醴泉銘冊 翁方綱模 中国 清時代・乾隆56年(1791)  高島菊次郎氏寄贈
図1 模九成宮醴泉銘冊 翁方綱模 中国 清時代・乾隆56年(1791)  高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵
これは翁方綱が、唐時代の欧陽詢「九成宮醴泉銘」の得がたい拓本から、気になる文字を写し取った手控えの資料。
文字の輪郭を先に写し、後で中を墨でうめています。



図2 双鉤填墨蘭亭序(部分) 翁方綱  中国 清時代・18世紀(展示未定) 東京国立博物館蔵
これは今回の出品ではありませんが、翁方綱が蘭亭序を写しとった手控え資料。それにしても細かな文字!!!。
86歳の長寿を全うした翁方綱は最晩年まで細かな字を書き、細かな字が書けなくなったと周囲にこぼした年に亡くなりました。

翁方綱より37歳年少の李宗瀚(りそうかん)が豊かな経済力を背景に、歴代の弧本を収集したいわゆる臨川李氏(りんせんりし)の4宝、あるいは10宝と呼ばれるコレクションは(図3)、翁方綱の考えを継承するものです。

晋唐小楷冊 中国 原跡=晋~唐時代・4~8世紀 高島菊次郎氏寄贈
図3 晋唐小楷冊 中国 原跡=晋~唐時代・4~8世紀 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(2013年11月4日(月・休)まで展示)
李宗瀚が入手した拓本の名品に収められた、翁方綱の手紙。翁方綱は李宗瀚に手紙を出して、購入の指南をしていました。
が、翁方綱自身はついにこの名品を見ることなく他界してしまいました。

清時代の初期には、康熙帝が好んだ董其昌(とうきしょう)や、乾隆帝が好んだ趙孟頫(ちょうもうふ)の書風が流行し、ややもすると柔弱に過ぎるきらいがありましたが、翁方綱の唐碑推賞によって新風が吹き込まれることとなりました。
 
翁方綱より31歳年少の阮元(げんげん)は、乾隆帝に抜擢されて、宮中に所蔵される歴代の書跡や絵画の整理に従事、勅撰の『石渠宝笈(せっきょほうきゅう)』を刊行し、自らも『石渠随筆』を著しました。阮元はこのとき、王羲之の書を収めた数々の名帖をたっぷりと鑑賞したことでしょう。しかし阮元は、出土資料を論拠として王羲之の蘭亭序は偽物であると確信、48歳の時に『南北書派論』『北碑南帖論』を刊行し、歴代の法帖より、石碑の拓本に高い価値を認めます(図4)。

行書文語軸 阮元筆 中国 清時代・18~19世紀 台東区立書道博物館蔵
図4 行書文語軸 阮元筆 中国 清時代・18~19世紀 台東区立書道博物館蔵
阮元は碑学派の理論を提唱しましたが、自らは王羲之の流れを汲む美しい流麗な書を書いていました。
帖学派から碑学派への過渡期に活躍した人物であることが分かります。



翁方綱によって是正された清初の書の流れは、阮元の著作によって大きくその方向を転換し、碑学派が隆盛を迎えるのです(図5)。

隷書崔子玉座右銘横披 鄧石如筆 中国 清時代・嘉慶7年(1802) 個人蔵
図5 隷書崔子玉座右銘横披 鄧石如筆 中国 清時代・嘉慶7年(1802) 個人蔵
今年、生誕270年を迎えた鄧石如(とうせきじょ)は、碑学派の祖と称される偉大な人物。
生涯を在野に過ごし、独学で書を学び、篆書や隷書を復興させました。



鄧石如の故居(安徽省懐寧県)


関連事業のお知らせ
列品解説「清時代の書-碑学派-」 2013年10月29日(火) 14:00~ 平成館企画展示室


 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

| 記事URL |

posted by 富田淳(列品管理課長) at 2013年10月26日 (土)