このページの本文へ移動

1089ブログ

考古学と美術の出会い「特集陳列 うつす・つくる・のこす」のみどころ(1)

10月20日(日)まで本館2階特別2室で開催中の特集陳列「うつす・つくる・のこす-日本近代における考古資料の記録-」のみどころをご紹介します。
今回の特集陳列では、考古学と美術の出会いとも言える、考古学のために描かれた絵画作品を多く展示しています。

まず、皆様をお迎えするのは、大正時代に活躍した洋画家・長原孝太郎や二世五姓田芳柳が描いた大きな油絵です。
 
展示風景
現状の把握コーナー(遺跡を描いた油画と、関連する考古資料や写真を展示しています。)

これらの絵画は考古陳列室に展示するために、帝室博物館(昔のトーハク)から画家へ制作が依頼されました。本作に求められていたのは、遺跡の現状を伝えて理解を助ける、現代でいうところの展示パネルの役割でした。
ケース右手前の《貝塚図》では、土器片が非常に丁寧に描かれていることが眼をひきます。長原は初代東京人類学会会長の神田孝平のもとで古物の整理をしていた経験から、実際に縄文土器をよくみる機会があったのかもしれません。

細部に注目してみると、作品には画家の遊び心がちょっと顔をのぞかせています。
《貝塚図》のサインは土器片に装飾的に組み込まれています。絵画の手前には、モチーフとなった陸平貝塚から実際に出土した土器片も展示していますので併せてご覧ください。
大正時代の考古展示も、こんな風に行われていたのかも知れませんね。

長原孝太郎筆 貝塚図
貝塚図(部分) 長原孝太郎筆 大正5年(1916)頃 現地=茨城県美浦村土浦字陸平 陸平貝塚 東京国立博物館蔵

奥へ進んで、ケースの左端には《群集横穴図》を展示しています。
モチーフとなった吉見百穴は、古墳時代後期から終末期(6~7世紀)に造られた横穴墓群です。明治時代初期には先住民とされた土蜘蛛の住居跡とも考えられ、いわゆる「穴居論争」の舞台になりました。

右下には、横穴の入り口部分が別窓で説明的に描かれていますね。一枚の絵画として鑑賞しようとすると、この入り口の部分が唐突に見えてしまいますが、考古学の展示解説のパネルとしては、十分にその機能を果たしていたことでしょう。
しかも、この入り口部分はもっとも気合いを入れて(?)描かれていて、サインもこの部分にあります。そこだけ切り取ってみると、立派な秋の風景画(!)です。

二世五姓田の義理の兄・五姓田義松も明治11年(1878年)にH・V・シーボルトと吉見百穴を訪れて絵を描いたそうですが、その絵はまだ見つかっておりません。義松の百穴図はどんな絵だったのか、ぜひ見てみたいものです。
 

二世五姓田芳柳 筆 群集横穴図
左:群集横穴図 二世 五姓田芳柳筆 大正2年(1913)頃 現地=埼玉県比企郡吉見町北吉見 吉見横穴 東京国立博物館蔵
右:群集横穴図(部分)


次に、対面する壁付ケースは、重要文化財の武人埴輪から始まります。
吉見百穴の発掘にも関わった埼玉県の素封家・根岸武香の旧蔵品で、有名な埴輪のために絵画資料もたくさんあります。本展覧会では、お雇い外国人のW・ゴーランドの著書に登場する図を併せてご覧いただきます。
外国の方が描くとちょっと外国人風…です。

こちらのケースでは、昭和初期の杉山寿栄男による色鮮やかな復原図の掛け軸を中心に、出土遺物をもとに復原された模造品を展示しています。
 
過去の復元コーナー
過去の復元コーナー(装身具や武具を身に着けた様子がよくわかる人物埴輪と復原模造品、復原図を展示しています。)

さて、進んで中央の昭和初期に制作された2幅の男子像などは、現代的なデザイン画を連想させますね。それは作者がデザインの教育を受けて、印刷業界で活躍された方だからでしょう。
これらの絵画作品の特長は、当館所蔵の考古遺物がそれとわかるようにしっかりと描かれていることです。きっと当時の研究員と繰り返し相談しながら描いたことでしょう。

たとえば、憂いを含んだ瞳が印象的な《上古時代女子図》の女性の耳には、当館所蔵の埴輪と同じかたちの耳飾りが描かれています。額(ひたい)の櫛の使い方は絵画の方がずっとわかりやすいですね。
これらの絵画作品と実際の考古遺物や模造品は一緒に展示していますので、両方を見比べて杉山の視点をぜひ実感してみてください。

杉山寿栄男筆 上古時代女子図 と 埴輪      
左:上古時代女子図(部分) 杉山寿栄男筆  昭和5年(1930)頃 東京国立博物館蔵
右:埴輪 腰に鈴鏡をつける女子
(部分)  群馬県伊勢崎市下触町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵

当館の所蔵するこれらの考古学に関する絵画作品を見ていくと、明治・大正時代は「現状の把握」が第一義で、遺物や遺跡をありのままに「うつす」ことが求められたようです。
次の昭和初期には、「うつす」だけでなく考古学者と造形作家が一緒に展示品を「つくり」、「過去の復元」に努めていった様子がわかります。

また会場中央の覗き込みケースや行燈ケースには、遺物を発掘された状態のままにうつす「現状模造」や、遺物が造られた当時の状態を再現する「復原模造」などを実物と比較して展示しています。これらは、仕様や素材をさまざまに変えながら、考古学者と工芸作家が工夫を重ねた模造品の数々です。こちらもぜひご覧ください。

今回展示する作品は、近代の日本における考古資料の記録であるだけでなく、文化財を後世に遺(のこ)し伝えていくために、博物館の考古学者と造形作家が協働してきた証でもあります。
それはまた、写真と油画の関係や、古物収集家と美術の関係など、日本美術の研究においても多様な広がりを含んでいます。
それぞれの立場から、さまざまな読み取り方をしていただければ幸いです。

ところで、今回の展示の油彩画3点の修理には、館内設置の募金箱にお寄せいただいたご芳志を使用させていただきました。
ご協力くださいました皆様には、心より御礼申しあげます。
このような今回の展示の準備を通じて、文化財を「のこす」活動はご来館くださる皆様によって支えられているということを感じさせられました。

140年の歴史のあるトーハクで多くの方に支えられて守られてきたこれらの作品を、皆様もぜひ実際にご覧ください。
ご来場を心よりお待ちしております。

10月1日(火)(14:00~14:30)は会場で列品解説を行います。どうぞお運びください。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ考古

| 記事URL |

posted by 鈴木希帆(登録室) at 2013年09月23日 (月)

 

1