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特集陳列「動物埴輪の世界」の見方6─馬形埴輪1

特集陳列「動物埴輪の世界」(2012年7月3日(火)~10月28日(日))の主なラインナップ、鶏・水鳥形埴輪と犬・猪・鹿形埴輪に続いて最後を飾るのは馬形埴輪です。
馬形埴輪は動物埴輪でもっとも数が多く、また大型の目立つ存在ですが、他の動物埴輪にはみられないさまざまな装飾をもつことが特色です。
多くの教科書や切手にも採り上げられていますので、少しでも埴輪に興味のある方なら誰もがご存知のことと思います。

馬形埴輪部分全景
馬形埴輪展示部分(全景)
左:埴輪 馬 大阪府堺市 伝仁徳陵古墳出土 古墳時代・5世紀 宮内庁蔵
中:重要文化財 埴輪 馬 埼玉県熊谷市上中条日向島出土古墳時代・6世紀
右:埴輪 馬 群馬県大泉町出土 古墳時代・6世紀


馬といえば、競馬やレジャーなどでしばしばテレビ・スポーツ紙に登場し、先日のロンドンオリンピックでも、馬術の日本代表選手が大会最高齢ということで注目を浴びたことは記憶に新しいところです。
また、モータリゼーションの現代でも乗り物の「推進力」は、(あの鉄腕アトムも・・・)「馬力」で表示されますし、演劇からきた「馬脚をあらわす」をはじめ、「馬齢を重ねる」「馬の耳に念仏」などの慣用句は誰もがピンとくる表現で、日常会話(日本語)の中にも深く埋め込まれています。


現在では、馬は競馬・観光などの特定の利用に限定されますが、ほんの半世紀ほど前までは農村はもとより街中でも、農事の耕作・運搬や馬車・荷車の牽引に利用され、日常的にお目にかかる馴染(なじ)み深い動物でした。
時代劇でもいろいろな場面に登場し、江戸時代以前の人々の生活にもっとも密接な動物であったといっても過言ではありません。
そういえば、「人馬一体」などという表現もありますね。


まず、馬の起源とその特徴を見ておきましょう。
化石を研究する古生物学によれば、約6500万年前の始新世に北アメリカの森林地帯に棲(す)んでいた草食動物(エオヒップス)が草原に進出して暮らすうちに、進化してエクウスと呼ばれるウマの祖先が誕生したといわれています。
この間に肉食動物から逃れるために、(最初は私たちと同じような)四肢の5本指は草原を駆け廻るのに適した形に変化し、(人間で言えば・・・)“中指”が著しく長大に発達しました。
また、体格の大型化とともに、先端の爪は変化して蹄(ひづめ)となり、馬の体の特徴が出来上がりました。

ウマ類の進化図
ウマ類の進化図(E.ギエノー(日高利隆訳)1965 『種の起源』文庫クセジュ174、白水社より)

われわれ人類が誕生した氷河期(約600万年~1万3千年前)には、地続きとなったユーラシア大陸にも移動して、現在のヨーロッパ・アフリカの草原地帯にまで活動範囲を拡げていったようです。

このような蹄をもつ草食動物を有蹄(ゆうてい)類といいますが、蹄の特徴から大きく2種類に分かれます。
一つは、ウマを代表とする単数の蹄をもつ奇蹄(きてい)類です。
もう一つは、“中指と薬指”が変化して2つの蹄をもつ偶蹄(ぐうてい)類で、イノシシやシカ・ヤギなどが“代表選手”です。
同じ四つ足動物でも肉食動物のオオカミを祖先にもつイヌの仲間や、(動物埴輪にはありませんが・・・)ライオンやヒョウなどのネコ科の動物は、ご存知のように5本の指と鋭い爪をもっています。


そこで、動物埴輪の脚先に注目してみると、興味深いことに気がつきます。
猪と馬の埴輪の(キュッと引き締まった形の良い・・・)脚を後ろから見ると、脚先の裏に鋭い三角形のスリット(???)が入っています(ハイヒール・・・ではありません)。
(念のために・・・)やはり犬形埴輪にはありませんので、これらはまさに有蹄類の蹄(!)を表したものということが判ります。

猪・馬・犬形埴輪部分
猪・馬・犬形埴輪部分(脚先後部):
左:重要文化財 
埴輪 (前脚)  群馬県伊勢崎市境上武士出土  古墳時代・6世紀
中:馬
埴輪 馬 (脚部) 群馬県大泉町出土  古墳時代・6世紀
右:
埴輪 犬(前脚) 群馬県伊勢崎市境上武士出土  古墳時代・6世紀

これまで(第2・3回)に見てきた鶏・水鳥形埴輪では、頭部の嘴(くちばし)や鶏冠(とさか)などに加えて、脚先には蹴爪(けづめ)や水掻きなどが表現されていました。
また、同じ四つ足動物の埴輪でも、それぞれに特徴的な体型や頭部表現のほかに、このように動物種によって脚先までが見事に造り分けられていたことが判ります。
これらの独特な表現からは、まずは造形する動物の特徴を的確に捉える、という埴輪製作者(工人)の“基本姿勢”がうかがわれ、その鋭い観察眼と的確な表現力には驚かされます。

このように動物埴輪は、一定のルールに基づいて造形されていたことを想定することができそうです。
埴輪の製作者は、いわば「動物埴輪の“キーワード”」を埋め込むことによって、それを見る人々にメッセージを伝えようとしていたに違いありません。
動物埴輪の性格を知るためには、現代のわれわれも当時の人々と同じ“目線”で埴輪を「見る」ことが重要と思います。
ここに動物埴輪を「読み取る方法」のヒントが見えてきたようです。


さて、そもそもこのような馬は、いつ頃から日本列島に棲んでいたのでしょうか。
また、馬形埴輪に表現されている多種・多様な馬具には、どのような意味があったのでしょうか。
これらのご紹介は少々話が長くなりそうですので、(残念ですが・・・)次回にしたいと思います。

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ところで、前回(第5回)のクイズの答えは、もうお分かりでしょうか。
ヒントは「お尻と脚の向き」にありました。

すでに、これまで(第2~6回)にお付き合い頂いた皆さんは、鳥形埴輪や四つ足動物形の埴輪には相当詳しくなっておられますので・・・、すぐに見つけられたことと思います。

水鳥形埴輪
左:埴輪 水鳥 大阪府羽曳野市 伝応神陵古墳出土  古墳時代・5世紀、右:水鳥形埴輪展示部分(全景)

そう・・・、水鳥形埴輪群の後列右端に“居る”、丸々とした体型の彼(?)です!
(頸部をまったく欠いていますが・・・)水掻きのある右側(右脚)の脚先が向こう側に向いていますので、こちらには(丁度人間の)“踵(かかと)”に見える部分(実は趾(あしゆび)の付け根ですが・・・)が見えています。
よく見ると、翼の羽毛の向きも逆ですね。

大変恐縮ですが、(胴体が向こう向きですので・・・)こちらにはふっくらとした「お尻」を向けています(申し訳ありません・・・)。
失礼致しました!
 

これまでの記事
特集陳列「動物埴輪の世界」の見方1
特集陳列「動物埴輪の世界」の見方2─鳥形埴輪・鶏編
特集陳列「動物埴輪の世界」の見方3─鳥形埴輪・水鳥編
特集陳列「動物埴輪の世界」の見方4─犬と猪・鹿の狩猟群像
特集陳列「動物埴輪の世界」の見方5─番外編

カテゴリ:研究員のイチオシ考古

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posted by 古谷毅(列品管理課主任研究員) at 2012年10月08日 (月)