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研ぎ澄まされた鑑識眼─広田不孤斎の茶道具

東京国立博物館140周年特集陳列「広田不孤斎の茶道具」(本館4室、2012年9月4日(火) ~ 11月25日(日))では、 不孤斎(ふっこさい)広田松繁氏より御寄贈を受けた茶道具を展示いたします。

広田松繁氏は明治30年(1897)に「おわら風の盆」で有名な富山県八尾町(現富山市)に生まれました。幼時に父親と死別したことから、明治42年(1909)に12歳の若さで古美術商に奉公に出ます。関東大震災ののち、大正13年(1924)、27歳の時に盟友南天子西山保とともに壺中居(こちゅうきょ)を設立しました。

その当時、中国洛陽近郊の鉄道工事をきっかけにその存在が知られるようになった唐三彩などの出土陶器や、清末の混乱期に流出した明、清時代の官窯器などが古美術市場にあらわれるようになりました。これにともない、客観的な美的鑑賞の視点から、茶道具となっていない中国陶磁や朝鮮、日本陶磁を研究し、鑑賞の対象とする動きがあらわれました。いわゆる鑑賞陶器です。広田松繁氏は大正末期から終戦までの間にたびたび中国を訪れて古陶磁を買い付け、岩崎小弥太、細川護立、横河民輔といった大コレクターに納めました。

広田松繁氏は昭和22年(1947)に5件、昭和42年(1967)に1件、そして逝去の前年の昭和47年(1972)にコレクションのほぼ全て、490件を東京国立博物館に御寄贈されました。その主体が大正末年以降に請来された中国陶磁であるのは、氏の歩いた道に由来しています。

 晩年壺中居を隠退して相談役となり、不孤斎と号するようになってからは、鎌倉の自宅に茶室を設け、茶の湯に親しんでいました。そのため、広田コレクションには墨跡や古筆の床の間の軸をはじめ、水指、茶杓、茶入、茶器、茶碗、向付、鉢、その他高麗物、和物の優れた茶道具が少なくありません。それらは伝来、由来に頼ったものではなく、古美術商らしい厳しく研ぎ澄まされた鑑識眼が貫かれています。彫三島茶碗 銘木村(写真1)は、これほどの茶碗を手に入れることができたとして、不孤斎が茶を点てて先祖の墓前に供えたというエピソードがあります。また、豆彩束蓮文水指(写真2)は清朝雍正官窯の名品に塗り蓋を添えて水指としたもので、不孤斎ならではの大胆な見立てです。また、数々の名品ばかりでなく、小品にも見どころのあるものが多いのが広田コレクションの大きな特色です。青磁杯(写真3)は南宋時代の官窯の青磁ではないかといわれた逸品。小品ながら存在感があります。


左から、
(1) 彫三島茶碗 銘 木村 朝鮮  朝鮮時代・16~17世紀
(2) 豆彩束蓮文水指 景徳鎮窯  中国 清時代・雍正年間(1723~35年)
(3) 青磁杯  中国  南宋~元時代・13~14世紀
いずれも広田松繁氏寄贈


近代を代表する古美術商の鑑識眼を経て形成されたコレクションから、近代の数寄者の眼を感じ取ってみてください。

カテゴリ:研究員のイチオシ秋の特別公開

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posted by 今井敦(博物館教育課長) at 2012年09月07日 (金)