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美術解剖学のことば 第6回「黒田清輝の『美術解剖学ノート』」

トーハクには、美術解剖学関係の資料がいくつか保管されています。
そのうち、通称「黒田資料」には、黒田清輝の資料だけでなく、
森林太郎(鷗外)や久米桂一郎に関する資料も含まれています。
今回の展示ではそれらの一部が展示されています。
 
特に、黒田清輝による 『美術解剖学講義受講ノート』は、
黒田がフランス滞在中に、彼がエコール・デ・ボザール(美術大学校)で行われた美術解剖学のノートで、
これまで全ページが公開されたことはありませんでした。
几帳面なフランス語混じりの日本語で書かれ、第1日目から第8日目という見出しのある、8日間の記録のようです。
会場(本館特別1室「美術解剖学―人のかたちの学び」 )では、モニタ画面を指でスクロールして、
画像データとして全ページをご覧いただけるようになっていますので、是非ご覧ください。

  黒田清輝の美術解剖学講義受講ノート表紙 黒田清輝の美術解剖学講義受講ノート裏表紙
 滞仏中の“美術解剖学”受講ノート  黒田清輝筆  明治時代・19世紀
(左が表紙、右が裏表紙)


内容はびっくりするほどきちんととられたノートで、黒田がそれまで法学をしっかり勉強していたことも影響しているかしらと思います。
第一日目は、美術解剖学小史から始まり、今後講義の内容を総論的に述べています。
 
今日の私が担当する芸大、美大の美術解剖学の授業でも、初回はこの美術解剖学小史をお話ししています!ので、
おお、120年前のフランスの美術解剖学講義と同じなのだな、今日まで連綿と繋がっているのだなぁ!
と、言いしれぬ感慨がありました。
 
中でもおもしろいのは、第4日目の講義の最初の辺りです。
オランダの解剖学者カンペルの顔面角について詳しい記述をしています。
これは口元の突出の度合いを示す角度で、値が小さい方が前突し、値が大きい方が後退しています。
黒田は、「カンペル式ニ縁レバ顔面角ガ白色人種中ノ尤モ立派ナ骨ハ殆ンド直角ヲ為ス 
九十度ニ近キモノヲ古代ヨリ美トシタモノデ遂ニハ九十度」と書き、
さらに強調するように赤字で「美ノ種族ハ九十度也」とも見出しをつけています。
さらに、次のほぼ一頁を使って、
「黄色種、黒人、アポロン、猿」の4つの頭蓋を側面から描き、
これに顔面角を示す二本の線を描き入れています。
(アポロンの頭蓋??!!!ギリシア神の頭蓋をいったいどこで手に入れたのでしょう。)

カンペルの顔面角
カンペルの顔面角について記されたページ(黒田清輝の美術解剖学講義受講ノートより)

コーカサス人種を顔面角が大きい美しい人種としたこの部分は、
16世紀以降のヨーロッパの植民地主義以降の、西欧優位主義が透けて見え、時代を感じさせます。
 
今日、人類の起源について、人類学者の多くはアフリカ単一起源説をとっています。
人類すべてのルーツであるマザーランドであるアフリカ。
実は、アフリカの人々こそ遺伝的にも形質的にもほんとうに多様なので、
ここに描かれた口元が突出したステレオタイプ的イメージだけが、
固定化するのは困ったものです。
 
黒田はどんな気持ちで受講していたのでしょうか...。
しかし、黒田の日記を読むと、現地人の友人宅に泊まったり、一緒に旅に出かけたり、
のびのびとフランスでの留学生活を楽しんでいるようで、
むしろ、「進んだ西欧絵画」に日本がどうしたら追いつけるだろう、
そう考えている様子が、ノートの端々からも覗え、
今回の展示でこのノートを紹介する意義は大きいと考えています。
 
美術解剖学は、現在、写実の用としての
「人のかたちの学び」であることから今はさらに深まり、
制作者自らがヒトであるのだから、
自身をかたちのうえから知る、
そういう分野となっていると思います。

美術解剖学は古い歴史をもち、
そして、人がヒトである限り、同時にとても新しいものなのです。


▼おまけ
見方によっては衝撃的な内容の「カンペルの顔面角」の講義の1日後、
第5日目の講義で、このゴリラのイラストが登場します。
黒田清輝の美術解剖学ノートより
黒田が描いたゴリラのプロフィール(横顔)のスケッチに、
なんとも哀愁というか擬人化?を感じるのは僕だけでしょうか。
ぜひ会場のiPadで拡大してみてください。(木下)
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 宮永美知代(東京国立博物館 客員研究員・東京藝術大学 美術教育(美術解剖学II)助教) at 2012年07月26日 (木)