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「空海と密教美術」展の楽しみ方  シリーズ(1) 書跡

「空海と密教美術」展が開幕して早2週間。毎日多くのお客様にご来場いただいております。国宝・重要文化財が出品作品の98.9%を占めるという驚異の展覧会。しかし内容が盛りだくさん過ぎて、一体どこに注目したら良いのか分からない…。

そこで、展覧会の魅力をより深く探るべく、今回から4回にわたりジャンル別に見どころをご紹介してまいります。密教美術初心者代表の広報室員が、専門の研究員に直撃取材。題して 『「空海と密教美術」展の楽しみ方』。

第1回目のテーマは「書」です。書跡が専門の、髙梨真行研究員にインタビューしました。

 

『空海の三筆たる所以、ここにあり!』

広報(以下K):早速ですが、今回は空海筆の作品が5件も出品されていてすごいですね。まず、第1会場を入って最初に展示されている直筆の書、国宝「聾瞽指帰(ろうこしいき)」(作品No.5 展示期間:上巻 展示中~8月21日(日)、下巻 8月23日(火)~9月25日(日))について教えてください。
その気概や意思の強さは、私のような初心者でも十分感じ取れるほどなのですが、しかし、なにが書かれているのか読めません…。空海の「書」、どう楽しんだらいいのですか?みどころを教えてください。

 

髙梨(以下T):この作品は、教科書にも載っている「三教指帰(さんごうしいき)」の草稿本(下書き)と言われています。その理由は大きく二つあります。
一つめは、文章の右側に小さく文字が書き足されていること(脱字があったために加筆した)。

二つめは、紙を削った上に再度書いているので、文字がにじんでいること(誤字を修正した跡)。

しかし、この作品をよく見てみてください。文字のフォントが一文字ずつ全く違うのです。これは、空海が20代にしてあらゆる書法に通じていた証拠といえるでしょう。
また、紙をご覧ください。縦簾紙(じゅうれんし)と呼ばれる、縦に簾目様の線のある特別な料紙を使用しています。これは当時、国立大学の学士しか使えないような貴重なものでした。そんな貴重な紙を使用するくらい、空海は本意気で書いていた、ということです。

K:でも…、下書きなのではないですか?

T:結果的に下書きになったというだけで、最初から下書きとして書こうと思っていたかどうかは分かりません。

K:出来が良かったら本番になっていたかも知れないということですね?

 

『どうだ!24歳でこの実力』

K:他にもみどころはありますか?

T:この作品は、中国六朝時代の四六駢儷体(しろくべんれいたい)という漢文の文体で書かれています。日本人が中国語で書いた、ということです。
作品の内容は、儒教・道教・仏教、それぞれに対応する人物を登場させて、最後には仏教の優位を説くというもの。当時唐を中心とした東アジア社会では、儒・道・仏に精通した“三教兼通”がインテリ層の素養とされていましたので、その時点で空海はハイレベルの中国語をマスターしており、かつ東アジアの知識人が有する文化にも精通していた、ということになります。

K:は~、改めてすごい人ですね!頭が下がります…。

T:あらゆる書法を自在にそして鮮やかに使い分けた空海に、当時の人々も驚いたことでしょう。
このように様々な書法をつかい、空海の書風を模倣した書体のことを“大師流”と言い、後々の重文「御遺告(ごゆいごう)」(作品No.83 展示期間:8月23日(火)~9月25日(日))などにも用いられていきます。

 

『形状に、慌てなくても大丈夫』

K:ところで、巻物が弓なりにたわんでいます。どうしてこのような形状なのですか?

T:平安時代初期以前の巻物にはよく見られます。何枚もの本紙を継いで表装しているのですが、継ぐ際の微妙のズレが積み重なり、上が縮んで下が伸びてしまった結果と思われます。表装が古いため、鎌倉時代やそれ以降に修理がなされているのですが、その修理が良くなかった可能性もありますね。
弓なりだと元々聞いてはいたのですが、今回私も展示してみて思った以上にたわんでいました。でも、巻くと普通の巻物の状態になるんですよ。

K:なんだか不思議ですが、確かに図録に掲載されている写真もまっすぐに写ってますね。この長さなら影響が無かったのでしょう。

 

『「書」とは、誰のためのもの?』

K:話は変わりますが、そもそもどうしてこのような「書」をかくのですか?重文「崔子玉座右銘断簡(さいしぎょくざゆうのめいだんかん)」(作品No.11 展示期間:展示中~8月21日(日))を見ているときに、ある記者の方から質問を受けたのですが…

  

T:主な理由は二つあります。
  一、  人に何かを伝える
  二、  自分自身に伝える
一は、例えば手紙などの場合です。文章の内容に凝るのではなく、他人に伝えるために書きます。今回の座右銘断簡の場合は、二にあたるでしょう。崔子玉という後漢時代の官僚が書いた人生訓。それを書くことによって内容を知り、自分に内在化させていたのではないでしょうか。

K:なるほど!現代の私たちも、文章に起こしてみると改めて内容が把握できたり、理解できたりします。今度から記者の方にはそういう説明が出来るように心がけます!
書は、私のような素人には到底理解出来ないと思い込んでいたのですが、こういう視点で鑑賞すれば楽しいのですね。髙梨さん、どうも有難うございました!

髙梨研究員 
髙梨真行研究員 専門:書跡 所属部署:博物館教育課ボランティア室 
好きな芸能人:宮崎あおい
「でもaikoも好きです。初回の限定盤は全て持ってます。発売初日に買いに行きますよ。」

 

次回のテーマは「絵画」です。どうぞお楽しみに。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2011年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2011年08月02日 (火)