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呉彬「山陰道上図巻」に驚く!―最初で最後!?東洋館でしかわからない画家の実像―

特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」では、貴重な宋元画を含む18件もの一級文物が来日していますが、二級文物のなかにもぜひともご覧になっていただきたい作品があります。
「西湖図巻」や、今回全巻展示された呉彬筆「山陰道上図巻」です。


展示風景 西湖図巻
西湖図巻 南宋時代・13世紀
西湖図巻と西湖の実景が対比して展示されています。
西湖にこの画巻を持って行って実景と対照させた乾隆帝の気分を味わえます。


  
展示風景2  展示風景3
東洋館の10メートルケースに全巻展示された呉彬筆「山陰道上図巻」。全長862.2㎝の大迫力!

こんなすごい作品が二級文物なのには、「呉彬」という画家の評価をめぐる歴史が関係しています。
呉彬の詳しい一生は不明な点が多いのですが、福建省に生まれ、のち北京の高官であった米万鐘の支援を受けて北京、南京などで活躍します。
何といってもそのトレードマークは、一度見たら忘れられない、その奇怪な山の表現です。
   

山陰道上図巻
山陰道上図巻 呉彬筆 明時代・1608年 上海博物館蔵
「こんな風景みたことない!?」。画家は山陰(浙江省)の風景と言っていますが、単純な実景ではありません。


造形を見ればびっくりしてしまいますが、しかし、呉彬はただの「変な画家」ではないようです。
よく見れば、全長862㎝を超える作品の最初から最後まで、一つとして同じ描写はなく、画家は細かな描写を変化させているのがわかります。


山陰道上図巻 春  山陰道上図巻 夏  山陰道上図巻 秋  山陰道上図巻 冬
春の山はおだやかで → 夏の山は湿潤 → 秋の山は色づき → 冬の山は静寂


じつは私はこれこそが、呉彬がこの作品にこめた最大のメッセージだと思っています。
画巻は春の朝焼けからはじまり、夏の雨景、秋の夕暮れ、冬の雪景色と静かな夜景で終わりますが、さらに、中国絵画史を彩る古代の画家の筆法をおり混ぜながら描くことで、四時(朝昼夕夜)と四季(春夏秋冬)、そして、画家が修行の過程で体得した中国絵画の歴史そのものが、一巻のなかに出現する、という作品になっているのです。
  
【夏】  
米友仁の描き方                たとえば↓
山陰道上図巻 夏景  離合山水図 離合山水図
(左)呉彬筆「山陰道上図巻」のうち夏景
夏山のジメジメした雲は北宋の米友仁に学んだ描写です。
例:(右)離合山水図 杜貫道賛 明時代・14世紀(出品作品ではありません)
同じく北宋の米友仁に学んだ明時代の山水


   
【秋】  
李成の描き方              たとえば↓
山陰道上図巻   山水楼閣図
(左)呉彬筆「山陰道上図巻」のうち秋景
夕景の飛び立つ北宋の李成に学んだ描写です。
例:(右)王雲筆「山水楼閣図冊」のうち、倣李成山水図 清時代・康熙56年(1717)(出品作品ではありません)
同じく北宋の李成に学んだ清時代の山水。

   
【秋】  
王蒙の描き方           たとえば↓
山陰道上図巻 秋景  青卞隠居図軸 
(左)一級文物 山陰道上図巻  呉彬筆のうち秋景
牛の尻尾のようなモワモワした描写は元時代の王蒙に学んだものです。
(右)一級文物 青卞隠居図軸(部分)王蒙筆 元時代・至正26年(1366)
その実際の作品もご覧いただけます。文人の苦悩を表わすかのような壮絶な描写です。



ではなぜ呉彬はこのように描いたのでしょうか?
ことの真相は最後の「吹き出し」のようになった跋に書いてあります。
この絵は米万鐘のために、「晋唐宋元諸賢」の描き方をまねて、描き上げたものです。
おそらくそこには、最も大切なパトロンのために、持てるすべての技を駆使しようとした、真摯な画家の姿が見えてくるでしょう。
呉彬は単に「変な画家」だったのではなく、中国の古典をしっかりと学んだ画家だったのです。


山陰道上図巻 跋
岩の中に吹き出しのように書いている「山陰道上図巻」の呉彬の跋。過去の画家を真似て描いたことが記されています。


意外なことに呉彬の作品が大きく再評価されたのは20世紀になってからで、それは日本とも大きな関係があります。
大阪の高槻市で中国書画を収集された橋本末吉氏(1902-1991)は、おそらくもっとも初期に呉彬の面白さに気がつき、のちに「奇想派」と呼ばれる明末清初の大コレクションを築かれました。
戦後、日本にフルブライト奨学生としてやってきた若きジェームス・ケーヒル(のちのカリフォルニア大学教授)は、橋本コレクションで呉彬「渓山絶塵図」に出会い、今までのおとなしい中国絵画とは全く違う呉彬作品に感銘を受け、帰国後「エキセントリックスクール」という新しい概念から展覧会を開き、研究活動を開始します。
こうして呉彬らは20世紀の日本やアメリカの研究者によって再評価されていったのです。


渓山絶塵図  青卞隠居図軸  展覧会図録     
(左)渓山絶塵図 呉彬筆 個人蔵 (出品作品ではありません)
(中央)一級文物 青卞隠居図軸 王蒙筆 元時代・至正26年(1366)
呉彬の奇怪な表現は、王蒙や北宋山水画の影響も受けていることが指摘されています。
(左)James Cahill , Fantastics and eccentrics in Chinese painting , Asia Society,1967
(出品作品ではありません)
呉彬を評価した最初期の展覧会の図録です。資料館で閲覧することができます。


呉彬「山陰道上図巻」はこのように、最初から最後まで息つくヒマもない程の、筆墨の変化こそが最もおもしろいところですが、一部分しか展示できないのでは、この作品の素晴らしさが全く伝わりません。
今回特にこの作品をお願いしたのは、名品であること、そしてこれが、東洋館8室で新しく作られた10メートルケースにぴったりとおさまるからです。
まさに、新しい東洋館のために描かれたような、奇跡の作品。
このような全巻展示は上海博物館でもほとんどなく(私は見たことがありません)、新しい東洋館ならではの、最初で最後のチャンスかもしれません。


 展示風景4
会場では呉彬の傑作から顔を上げれば、呉彬が学んだ王蒙や北宋絵画が見えるように展示しました。
まさに「中国絵画の教科書」のようなぜいたくな空間になっています。



明末清初はこのような、ちょっと変わった画風(奇想派)が流行した時代でしたが、よく聞かれるのは、日本の奇想派との関係です。
私は関係があるのではないかと思っていますが、これはこれからの研究課題となっていくでしょう。

東博の主役は日本美術の素晴らしいコレクションです。
しかし日本の美術もアジアの美術を知ることでより深く理解することができます。東博はその両者がそろった世界でも稀有な博物館です。
どうかこれからもリニューアルオープンした東洋館で、アジア美術の名品を同時にお楽しみいただければ幸いです。
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」は、11月24日(日)までです。どうぞお見逃しなく!

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by 塚本麿充(東洋室) at 2013年11月20日 (水)

 

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