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「銅人形」って知っていますか?

「銅人形」って知っていますか?
本館 16室 歴史資料「健康を考える」(~2011年10月10日(月))で展示されています。

「どんなもの?」と思った方のためにご紹介いたします。

まずは展示替えの模様から。
収蔵庫から台に乗せられて3人がかりで慎重に運ばれます。
人形といっても、その大きさは実物の人間大のものから人の腰の高さくらいのものまで、色々です。
この写真からもわかるように、展示されている銅人形は実物大のものに近い背丈がありそうです。


5~6人がかりで開梱され、展示されました。
これが銅人形です。

(左)重要文化財 銅人形 江戸時代・寛文2年(1662) 松平頼英氏寄贈 C-544
(右)銅人形 江戸時代・18世紀 C-543


一目見るだけで目に焼きつくその異様なビジュアルは、学生の頃、理科室で見た人体模型を思い出させます。
それもそのはず、この銅人形、医学を学ぶための教材として作られたものなのです。

「銅人形」が作られるようになったのは、中国の宋の時代です。
医学の国家試験に使用されていました。
全身には、気の流れを表す14本の経脈の線が走り、360か所以上の経穴(つぼ)が開けられています。

(左)銅人形 C-543 部分
(右)左画像赤枠部分の拡大。経脈を示す線や「つぼ」を示す穴がみられます。


試験の際には、銅人形の表面に蝋が塗られます。
解答者は、目隠しをされ、出題内容に適した「つぼ」がある部分を予測して針を刺します。
正解の穴をうまく探し当てたら、人形の中に仕込まれた水銀や水が流れ出すという仕組み。

画像の銅人形は、江戸時代に日本で作られたものです。
幕府の侍医、山崎宗運が『銅人ゆ穴鍼灸図経』(中国で宋の時代に鍼灸書)と自らの研究をもとに作成したもので、
当初は中国で作られたものが日本に渡ってきたものと考えられていました。


人体模型として、内臓や血管、骨など体内の情報を知ることができる銅人形がこちら。
足裏に記された銘文によって、寛文2年(1662)・江戸時代に和歌山藩医の飯村玄斎らが考証して、岩田伝兵衛らが制作に関わったことがわかっています。

銅人形 C-544 部分

人体の表面をあらわす張り巡らされた網目状の銅の隙間から、血管や骨、内臓の模型が収まっているのが見えます。

(左)銅人形 C-544 部分
(右)左画像赤枠部分の拡大。
表面の銅を外した画像です。

この銅人形は、江戸時代の人々にとって最先端医療を学ぶ貴重な資料として役立っていたようです。


歴史資料「健康を考える」では、今回ご紹介した銅人形のほかに、
旅の必需品の携帯薬入れや、

懐中持薬入 近江屋安兵衛作 江戸時代・19世紀 徳川宗敬氏寄贈

当時の医療に関する書籍などが展示してあり、

覆載万安方 巻第54 59冊のうち 梶原性全著、坂璋写 江戸時代・天保6年(1835)

江戸時代の人々の医療事情を知ることができます。

また、健康に関する多くの書籍や資料から、当時の人々の健康への関心の深さがうかがえます。
今日のように医学が進歩していなかった江戸時代の人々の予防医療に学ぶこともあり、健康志向が高まっている現代で、興味をもたれる方も多い展示ではないでしょうか。


展示は2011年10月10日(月)まで。
お見逃しなく。

カテゴリ:研究員のイチオシ

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posted by 広報室Web担当 at 2011年09月11日 (日)

 

 

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