TOP
 >> 展示
 >> 遣唐使と唐の美術

遣唐使と唐の美術

遣唐使と唐の美術 / 平成館 特別展示室第1室・特別展示室第2室   2005年7月20日(水) ~ 2005年9月11日(日)

  
井真成墓誌 西安・西北大学博物館蔵

2004年秋、西安市内で発見されて大きな話題を呼んだ遣唐使・井真成の墓誌を中心に、彼が目にしたであろう金銀器など、8世紀の華やかな唐文化を物語る美術工芸品の数々と日本国内に伝存する遣唐使ゆかりの品々などにより、日中文化交流の原点に迫ります。

展示作品一覧へ

開催概要
会  期 2005年7月20日(水)~9月11日(日)
会  場 東京国立博物館 平成館 (上野公園)
開館時間 9:30~17:00 (毎週金曜日は20:00まで、土・日曜は18:00まで開館。入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(ただし2005年8月15日(月)は開館)
観覧料金 一般 1,300円(1,200円/1,100円)、大学生 900円(850円/800円)、高校生 800円(750円/700円)、中学生以下 無料
( )内は前売り/20名以上の団体料金
障害者とその介護者一名は無料です。入館の際に障害者手帳などをご提示ください。
前売り券は、チケットぴあ、CNプレイガイド、eプラス、ローソンチケット、サークルK、サンクス、JR東日本ほかにて2005年6月20日(月)より前売り開始
交  通 JR上野駅公園口・鶯谷駅より徒歩10分
東京メトロ銀座線・日比谷線 上野駅 、千代田線 根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩15分
主  催 東京国立博物館、(社)日中友好協会、朝日新聞社、中華文物交流協会
特別協賛 日本サムスン
後  援 外務省、文化庁、中国大使館、中国国家文物局、中国文物交流中心、人民日報社
協  力 全日空
お問い合わせ 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会ホームページ   http://www.asahi.com/event/kentoushi 
展覧会公式サイトは会期終了時をもって終了いたしました。
関連事業
  記念講演会
「唐文化との出会い -遣唐使と留学生-」
平成館 大講堂 2005年8月6日(土) 13:30~15:00 受付終了
講師:本展ゲストキュレータ-・奈良大学教授 東野 治之 氏
  記念シンポジウム 遣唐使「井真成」墓誌発見記念
「日中共同シンポジウム『東アジアの文化交流を考える』」
東京・有楽町マリオン11階「有楽町朝日ホール」
2005年7月29日(金) 13:45~16:00 、16:20~18:35  チケット完売
講師:本展ゲストキュレータ-・奈良大学教授 東野 治之 氏 ほか
同時開催
模写・模造と日本美術―うつす・まなぶ・つたえる―
会期:2005年7月20日(水)~9月11日(日)
会場:平成館 特別展示室第4室
観覧料金:平常展料金でご覧いただけます。
親と子のギャラリー「うつす・まなぶ・つたえる」
会期:2005年7月20日(水)~9月11日(日)
会場:平成館 特別展示室第3室
観覧料金:平常展料金でご覧いただけます。
巡回予定
奈良国立博物館 2005年9月20日(火)~10月10日(月・祝)
主な出品作品
墓誌
井真成墓誌
井真成墓誌 西安・西北大学博物館蔵
井真成墓誌 拡大
(部分)
  井真成墓誌
西安・西北大学博物館蔵
縦40.3cm、横39.2cm、厚さ10.5cm


 2004年10月、唐の都・長安のあった中国・西安で、8世紀前半に阿倍仲麻呂らとともに遣唐使として渡りながら、現地で亡くなった日本人留学生の墓誌(墓に納める死者の伝記)が見つかりました。

この時代の日本人の墓誌が中国で発見されたのは初めて。また、「日本」という国号が記された最古級の資料であり、古代東アジアの交流や、遣唐使の実態を伝える前例のない資料といえます。
 
銘文
*旧字は現代字に置き換えた

井真成墓誌銘文
訳文
尚衣奉御を追贈された井公の墓誌の文 序と并せる


 公は姓は井、通称は真成。国は日本といい、才は生まれながらに優れていた。それで命を受けて遠国へ派遣され、上国(中国)に馬を走らせ訪れた。中国の礼儀教養を身につけ、中国の風俗に同化した。役人になり、正装して朝廷に立ったなら、並ぶものはなかったに違いない。だから誰が予想しただろう、よく勉学し、まだそれを成し遂げないのに、思いもかけず突然に死ぬとは。開元二十二年(七三四)正月□日に官舎で亡くなった。年齢は三十六。皇帝(玄宗)はこれを傷み、しきたりに則って栄誉を称え、詔勅によって尚衣奉御の官職を贈り、葬儀は官でとり行わせた。その年二月四日に万年県の河の東の原に葬った。礼に基づいてである。ああ、夜明けに柩をのせた素木の車を引いてゆき、葬列は赤いのぼりを立てて哀悼の意を表した。真成は、遠い国にいることをなげきながら、夕暮れに倒れ、荒れはてた郊外におもむいて、墓で悲しんでいる。その言葉にいうには、「死ぬことは天の常道だが、哀しいのは遠方であることだ。身体はもう異国に埋められたが、魂は故郷に帰ることを願っている」。
井真成墓誌蓋  
 
井真成墓誌蓋
西安・西北大学博物館蔵
縦37.9cm、横37.3cm


銘文
井真成墓誌蓋 銘文
 
    遣唐使     中国古代の墓誌  
 
 
 630年から二百数十年にわたって大陸の文化や国際情勢を学ぶために唐に派遣された日本の正使。約20回計画されたが、実際には渡航しなかった回もあり、数え方にも諸説ある。8世紀以降は4隻の船に合計約500人もの人員が乗船。
最澄や空海ら多くの留学僧・留学生や技術者が同乗し、最新の大陸文化を日本に持ち帰った。井真成は717年の遣唐使に19歳で留学生として参加したとみられる。井真成が渡航した717年の遣唐使には、阿倍仲麻呂や吉備真備、僧玄ぼうらがいた。
 
 
 有力者が亡くなると、名前や先祖、役職や家族などの情報を石に刻み墓に収めた。北魏時代の5世紀後半に始まり、盛んに作られた唐(618~907年)のものは約6500個発見されている。大きさはおおむね、80cm四方から40cm四方。
来世での身分証明書という宗教的な性格と、盗掘されても被葬者が誰か分かるようにする目的があったとされる。
一般の役人の場合、死亡するとその一生を記した「行状」を役所に提出し、役所が銘文を書く仕組み。上級の役人の墓誌はその行状をもとに、依頼を受けた名文家が書くことが多かったという。
 
 
その他の出展作品
三彩馬
  三彩馬
唐時代・8世紀 東京国立博物館蔵
総高 71.2cm


 華やかな色使いにより、実際の馬の姿を巧に表現した、三彩の傑作。
重要文化財 白磁鳳首瓶
  重要文化財 白磁鳳首瓶
唐時代・7世紀 東京国立博物館蔵
総高 28.1cm


 頭部は蓋になっており、下に棒状の栓を作ることにより安定がはかられています。嘴は鋭く、瞳には鉄絵具が点じられて前方を見据えており、緊迫感をたたえています。背面には紐を二本合わせた形の把手が付けられています。純白できめ細かい素地に、わずかに黄みを帯びた透明釉が薄く施されているが、焼成時の火度が不足したためか、光沢を失っています。

鳳凰の頭部をかたどった口をもつ鳳首瓶は、「胡瓶」の名で呼ばれるように、ササン朝ペルシアの水注に起源をもつ器形とされています。胴下部の台脚の形状は、金属器を写したようにも見えますが、底裏に同心円状に一条の刻線があることから、ガラス器の形を模したものと考えられます。胴部の美しいふくらみがとくに印象的な、唐白磁を代表する優品として知られます。
亀文桃形盤
  亀文桃形盤
陝西省西安市何家村出土 唐時代・8世紀 陝西歴史博物館蔵
高1cm、口径12.3cm

 縁が浅く湾曲した桃形の盤の中央に亀の文様を立体的に表現し、そこに鍍金をのせています。全体は鍛造になり、亀の文様は、その裏側が文様の形に凹んでいることからわかるように、裏側から叩いて表にその形を突出させたものです。器の形となっている桃は、中国では、古来、不老長寿につながる食べ物として珍重され、また文様に採用されている亀も長寿の生き物として崇められるというように、めでたい事柄つまり吉祥を題材とした器です。同じ発掘地点からは、熊、狐、鳳凰などをあしらった同様の盤が発見されており、この種の吉祥文が唐時代でもかなり愛好されていたことがわかります。今日から見ると、一見、何の変哲もない形や文様に思えるところもありますが、隅々まで神経の行き届いた成形法や、微妙な動きが表現された亀の文様、さらに斬新な意匠構成など、唐時代盛期の優れた造形感覚と高度な技量がうかがわれる佳品といえます。
龍
 
陝西省西安市何家村出土 唐時代・8世紀 陝西歴史博物館蔵
高2.1cm・2.7cm、長4.1cm・4.2cm


 何家村から発見された12体の金龍のうちの2体で、細長い角と伸びやかな四肢や尾といった各部を純金によって形作られています。角と四肢は別に作った部分を接合ないし鋲留めにより体部に固定しています。たいへん小さな作品ですが、鱗や体毛あるいは蹄といった細部の様態まで克明に表現するとともに、個体ごとに姿態に変化をもたせるなど、制作に当たっての周到な配慮を随所にうかがうことができます。使途はなお明確ではありませんが、一説には、道教などの儀式に用いたのではないかともいわれています。

龍は、中国ではすでに新石器時代の遺物に原形があり、以来、歴代にわたって崇められた霊獣です。天子の象徴ともされるように、高貴な存在でありながら、貴賎を問わず広範に信仰を集め、いわば中国文化の象徴的な存在ともなっています。
重要文化財 龍池鴛鴦双魚文碗 重要文化財 龍池鴛鴦双魚文碗 内側
  重要文化財 龍池鴛鴦双魚文碗
唐時代・7世紀 兵庫・白鶴美術館蔵
高5.2cm、口径14.0cm


 唐時代の金銀器は、国際色にあふれ、進取の気風に富んだ文化的な土壌を背景に、それまでに類を見ないほど高度な発達をとげました。この作品は、何家村出土の金銀器と並び、数ある唐代金銀器の中にあっても、器形、文様、技法のいずれも当時の最高水準を示す遺例です。大きさは比較的小ぶりになるものの、力強く外反する口縁の下に、下方にかけてゆったりした曲線を描く胴が続き、その下に裾広がりの圏足が備わっています。表面には、花弁文の内外に、宝相華唐草を基調とする草花文と禽獣、蝶、雲などの文様が的確な刻線によって表現され、底裏にも流麗な宝相華文が線刻されています。器の内底には別製の銀板を接合し、そこに、龍の頭を中心として、鴛鴦(おしどり)、鯰(なまず)魚が波間に泳ぐ霊池の様を浮き彫り風に表現しています。安定感と優美さ、さらに精緻さをも兼ね備えた、唐代工芸の代表的な作例といえます。
螺鈿花鳥文八花鏡
  螺鈿花鳥文八花鏡
陝西省西安理工大学李すい墓出土 唐時代・8世紀 陝西省考古研究所蔵
径24.5cm

 中国における銅鏡は、古く殷時代頃から作例があり、以後、歴代にわたっておびただしい数の製品が制作され、巷間に広まっていきました。時代によって大きさや意匠は様々で、唐時代には、この鏡のように、螺鈿という斬新な技法によってきらびやかな装飾をほどこしたものもかなり作成されました。螺鈿とは、夜行貝やアワビ貝などの殻を削って文様の形に細かく切り、漆地や木地の表面に貼り付けたり、はめ込んだりして研ぎ出した装飾技法です。貝の放つえもいわれぬ艶麗な輝きが時代の気風にあったものか、唐時代にはことに好まれたようです。日本へは、遣唐使の活躍した奈良時代に伝来し、工芸品の主要な装飾技法の1つとして普及していきました。この鏡では、八花形の背面に、花鳥の可憐な姿を螺鈿によって上手に表現するほか、地の部分にも、ラピスラズリやトルコ石などの細片とともに貝片を散らし、ひときわ華やかな趣を演出しています。
三彩女子
  三彩女子
唐時代・8世紀 東京国立博物館蔵

 静かな笑みをたたえ、鼓のような形の椅子に座る女性の俑。胸元が大きく開いた衣装をまとい、右手には鳥を止まらせています。左手は花を持っていたと想像されますが、現在は失われています。上衣は黄釉、スカートは緑釉で彩られており、それぞれいわゆる蝋抜きの技法による花文が配されています。染織品の文様を模したものでしょう。衣の紐の結び目や、スカートの皺までが丁寧に表現されており、高く結った髷には一部に金箔が残存しています。類品の中でもひときわ細やかな作風を示しており、瑞々しい表情と気品にあふれています。