
パシェリエンプタハのミイラ エジプト、テーベ出土 第22王朝・前945〜前730年頃 エジプト考古庁寄贈
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東京国立博物館のミイラは、わが国では数少ない古代エジプトのミイラとして、長らく東洋館に展示され、来館者の間で大きな関心を集めてきました。ところが現在同館は工事のため閉館中で、常時ご覧いただくことができません。そこでこの度、平成館において、ミイラを中心に、古代エジプトの死に関連する作品を展示しますので、ご観覧いただければ幸いです。
このミイラは、1904(明治37)年5月に、エジプト考古庁(G・マスペロ長官)から、東博の前身である帝室博物館へ寄贈されたものです。当時のエジプト考古庁長官は代々フランス人が勤めていました。
寄贈に至る経緯は知られていませんが、在京の英国公使館員がエジプト考古庁との仲介の労をとったようです。この年1904年は日露戦争が勃発した年で、その2年前(1902年)に成立した日英同盟に基づき、日英両国は蜜月の関係にありました。因みに、当時のエジプトは、政治的には英国の支配下にありました。
ミイラはテーベの墓で出土したものですが、詳しい発見の経緯は知られていません。繭(まゆ)の中のサナギのように、亜麻布を貼り合わせた人形(ひとがた)のカルトナージュ棺に納められていましたが、到着後、棺は切り分けられ、「身」と「蓋」のような2つの部分になりました。やがてそれが展示公開されると、博物館には連日多くの人がそれを見に訪れたことが、当時の新聞記事などからわかります。その公開から100年余りが経ちました。わが国には数少ないミイラの一つを見ながら、古代エジプトの生と死について、考える機会となれば幸いです。
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