 国宝 天寿国繍帳(部分)
飛鳥時代・7世紀 奈良・中宮寺蔵 |
伝世品としては最古の刺繍である天寿国繍帳は、飛鳥時代に制作された旧繍帳と、鎌倉時代にこれを模造した新繍帳の遺(のこ)りのよい部分を、江戸時代に貼り混ぜて1面の繍帳にしたものです。意外なことに、鮮やかな色彩のほうが旧繍帳なのです。この繍帳には亀の甲羅に4文字の刺繍銘があり、当初は100匹の亀が刺繍されていたとされ、その全文すなわち400文字が『上宮聖徳法王定説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)』に記されています。それによると、推古30年(622)に聖徳太子が亡くなられ、妃の橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が、推古天皇に願い出て、太子が往生した天寿国の有様を刺繍によって表したものです。下絵を描いたのは渡来系の人物で、刺繍は宮中に仕えた采女(うねめ)達が行ないました。図様は撚(よ)りの強い糸を用いて輪郭線で縁取り、内部を緻密に繍(ぬ)い表す技法で、飛鳥時代の刺繍の特色をよく表しています。

飛鳥時代の刺繍(兎) |

飛鳥時代の刺繍(亀) |

鎌倉時代の刺繍(亀) |
亀の甲羅には4文字の刺繍銘がある。当初は100匹の亀、すなわち400文字が記されていた。色の鮮やかな方が飛鳥時代の刺繍、傷んでいるほうが鎌倉時代の刺繍。 |
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